どまんなかvol.2 田中明子さんの生き方

どまんなかvol.2 「田中明子さんの生き方」

今、与野・浦和のあるコミュニティでは「部長」といえばこの方、田中明子さんです。そのコミュニティとは「浦和〇〇部」。田中「部長」の生き方を、どまんなかに届けます。

どまんなかvol.2 「田中明子さんの生き方」
田中 明子 (たなか・あきこ) 1971年、東京都品川区出身。商店街の自営業の家庭で育ち、地域のつながりを大切にしてきた。2014年、「浦和〇〇部」立ち上げをきっかけに、興味や学びが深まり、ネットワークが広がる。特技は、誰とでも楽しくおしゃべりできること。調理師とだしソムリエの資格を持ち、飲食を通じて交流できる場「YONOCAFE」も運営中。

-現在の活動で大切にしていることはなんでしょう?

「浦和〇〇部」は、自分の好きなことやモノを取り上げてジブンゴトとして考えたり発信したりする活動です。
自分の思いを自分が暮らす地で形にできて、たくさんの出会いがあります。大切にしているのは「距離感」。地域でつながり、日常生活を楽しむことが大前提なので、誰かを傷つけたり傷ついたりしないためにも、ちょうど良い「距離感」は大切です。

-今の生き方に至るきっかけを教えてください。

生まれは東京・品川の商店街です。結婚してさいたまに引っ越して来て、親になって地域デビュー。地域や学校のPTA活動などに関わりながら、じつはずっとモヤモヤしていました。「○○ちゃんのママ」で終わりたくなかった、『わたし』を意識していたかったんです。でも、どう形にしたらいいかわからないまま、ずっと、家事と子育てとパートの生活を続けていました。2014年のある日、たまたまテレビを見ていたら「前橋○○部」が特集されていました。衝撃でした。掃除の手を止め、電話番号をメモしすぐに連絡をとり、翌日会いに行きました。

-先行事例があったのですね。

「前橋○○部」の部長と話し、「とにかくやってみたら」と背中を押してもらいました。発信方法はFacebookを勧められ、当時はスマホもなくて、買うことも躊躇して。半年後にようやくスマホを買って、Facebookページを立ち上げ、活動が始まりました。名前にはなんとなく人が集まりそうなので「浦和」と付けました。1人で始めたので、共感してくれる人が各地域に増えて、点が線でつながったらいいなと思い・・・今は賛同してくれた人が大宮、熊谷、和光と立ち上げ、4か所になりました。

-難しいと感じていることはありますか?

これも「距離感」です。
活動を通じて会う方とは、すぐに仲良くなったり、その時はピンと来なくてもあとで思いが変化したり、いろいろです。柔軟にお付き合いしていくためにも、ちょうど良い距離感を取ることに難しさを感じることがあります。

-なぜその生き方を続けているのですか?

人との出会いがおもしろいから!

「○○」に入るものが、ビール部・餃子部・だし部・ゆるトレイル部・スイーツ部・IT部・共助部・防災部とどんどん増えていつの間にか50部くらいに。その次は何ができるだろうと考えて始めたのが1デイカフェ「YONOCAFE」です。自分が店主になって、飲食店をやっています。「地域活性化」というとかたい言葉ですが、「地域でお金を回すことで地域を活かすこと」と考え、実践してみようと思い立って始めました。

-ご自身が10代20代の頃、50代の方はどんなイメージでしたか?

50代と聞いて、自分の母を思い浮かべました。エネルギッシュな女性です。実家は自営業だったので、子どものころはお店の手伝いをしながら、母のそばにいました。絶対に疲れているはずなのに、湧いてくる想いとエネルギーってすごいな!って思っていました。

-今、ご自分がその世代になってみて、いかがですか?

同じだと思います。今だからわかりますね。今、私も自分の学びのためや 心の惹かれるままにあちこち出かけます。子どもたちにもよく落ち着きがないって指摘されるくらい(笑)できるだけ地域を楽しもうと思っているんです。

-まんなか世代として、気になること、知りたいことはありますか?

次世代の、今まさに学んでいる人たちから、ワクワクした話を聞いていたいんです。若者が、今の不足や世の中を変えることに興味を持って、どんな動きをしたいと思っているのか聞いていたいです。「そんなことを思っているんだね」って若者と聞きあえる、伝え合える環境や場づくりができたらうれしいですね。


編集長の一言
「部活は自主練も大事!遠征、合宿も大事!こんなに日常を楽しんでいるまんなか世代がいるよっていう事を伝えたい」と元気に話してくださる田中さん。「どんな人でもどんな年齢でも、その人が主役になれる場を作りたい」という言葉が印象的でした。