どまんなか vol.1 中村容さんの生き方

どまんなか vol.1 中村容さんの生き方

茅ケ崎駅から海に抜ける道「雄三通り」。まんなか世代には懐かしい香りのするこの街で、「大学職員」と「まちのキャリアデザインマスター」の2つの肩書を持つ、中村容さんの生き方を聞かせていだたきました。40代後半で不本意な配置転換により片道2時間半(!)の通勤生活が始まったことで、組織任せにしない自分のキャリアデザインと行動の必要性を感じたそうです。中村さんの生き方をどまんなかに届けます。

どまんなか vol.1 中村容さんの生き方
中村 容 (なかむら・よう) 1965年、宮城県出身。大学職員、まちのキャリアデザインマスター。 湘南ケーブルネットワーク株式会社編成制作から大学の事務局を経て現職。特技はサッカー。インターハイ出場の経験を持つ。 湘南100プロジェクト「まちのキャリアラボ」で多様な人とのかかわり、新規性、実験的な挑戦を楽しんでいる。

-2つの肩書を持つ今、大切にしていることはなんでょう?

「まちのキャリアデザインマスター」として、「CareerBAR」を月に1回ペースで開催しています。まんなか世代は昼は仕事、休日も忙しい世代。なので、仕事が終わった夜にお酒を飲みながら、ゆっくり人生を考えたり、本音が話せる場にしたいと思いました。私は蝶ネクタイを付けて、皆さんをお迎えしています。その中で今、大切にしているのは「自分で自分の人生の舵を取ること」です。組織の目標に乗るのでなく、自分が舵を取っているかどうか。もちろん「楽しんでいる」ことも大切ですね。

-今の生き方に至るきっかけを教えてください。

街の中に「キャリアセンターのような仕組み」があったらいいなと思っていました。大学で学生の就職支援をする中で、就職するためだけのサポートでなく、そこから先をどう乗り越えていくかのサポートが必要なのでは・・・と考えるようになったんです。
ただ、そういう場がないのが現状。だったら街の中にサポートする仕組みを作ろうと思いました。そんな時出会ったのが「コワーキングスペース チガラボ」です。様々な年齢の人が、誰かの「やりたい!」を応援し、否定せず背中を押してくれる場です。

まんなか世代は、線路の上を進んでいったらゴールがある、組織の中で積み上げていったらたどりつく、という価値観のもとで、みんな同じような育ち方をしてきたように思います。
だから、見通しも立てずにやってみるという発想は難しい。実は2つめの肩書を持つにあたって心配もありましたが、そんな思いを足元から崩してくれたのが「コワーキングスペース チガラボ」でした。「定年したら始めようなんて言う人も多いけれど、やりたいんだったら今からやれば?」という気にさせてくれた場です。

-活動の上で難しいと感じていることは?

家族など、自分に関わる人たちを巻き込むことになるので、思いを共有してもらうことです。共有するためには、コミュニケーションをしっかりとることです。
「この人には、こういう生き方が必要だ」と理解してもらうのは難しいけど、できればそのほうがやりやすいですよね。以前は家族にも疲れている姿しか見せてあげられなかったんです。だからこそ、忙しそうだけれど、ワクワクしている大人の姿を、家族や次世代に見せてあげることが大切だと気づきました。

-なぜ続けているのですか?

「自分で自分の人生の舵を取ること」で、それ以前に感じていた不満が軽くなりました。組織の中で、やりたいことや期待することとのズレから来る不満がありましたが、期待を他に向けることができるようになったことで、モヤモヤが発生しなくなり、達成感を得やすくなりました。もちろん、以前もそれなりの達成感はありましたが、それは自分で決めた目標ではなくて、組織にゆだねる環境での達成感だったと思います。

まんなか世代は、「しょうがない、定年まで我慢しよう」でまとめてしまう育ち方をしてきた世代です。「自分で自分の人生の舵を取ること」の手がかりになるかもしれない何かを見つけ、磨くことで、不安や停滞感に悩まされなくなるのではないでしょうか。

50歳を過ぎて自分のスタイルを変えることができたのは、完全な転身ではなく、2つめの肩書という形だからこそ、だったと思います。初めは、自分で自分にブレーキをかけることが多々ありました。自分の中に埋め込まれた「自動ブレーキ」のようなものが作動するというか。でも、自分の中の「自動ブレーキ」の存在に気づいたことで、だんだん解除された感じです。50歳を過ぎた今が一番ワクワクしているかな。ブレーキが作動して、ワクワク感を消している同世代の人は多いと思います。

-ご自身が10代20代の頃、50代の方はどんなイメージでしたか?

「相当なおじさん」のイメージですね(笑)輝いているイメージではなく、怖い顔をしながら仕事をしているような・・・。

-今、ご自分がその世代になってみて、いかがですか?

イメージがだいぶ違いますね。そのもとは、「人から学ぶこと」だと思います。50歳くらいになると、ある程度のことは経験して、知っていることも増え、残りの人生「これでやっていけそう」という感じを持てますが、「これで完成形」というつまらなさも感じていました。しかし、「人から学ぶこと」で、自分の足りないところに気づきます。自分の完成形はまだまだ先だという気持ちになりました。
「人から学ぶ」ことを大切にしたいので、できるだけいろいろな場に顔を出すようにしています。SCEと出会ったのは、はたらくらぶcafeに顔を出したときです。

-まんなか世代として、気になること、知りたいことはありますか?

定年まで職場にいるのか、いないのか。2つめの肩書きに気持ちが入れば入るほど、組織とのかかわりの中でモチベーションを維持できるかどうか・・・だた、どちらも自分の人生なので、相乗効果が働けばいいと思っています。
ストレスや歯がゆさとどう付き合っていくかも気になります。まだまだ組織にゆだねる生き方をスタンダードとする世の中の仕組みがあり、「自分で自分の人生の舵を取ること」との間に摩擦が生まれるので。でも、今は、白黒つけるのではなく「積極的グレー」でもいいと思っているんです。組織での仕事も、まちのキャリアデザインマスターも、気づいたら両方うまくいっている、というのがベストです(笑)

 


編集長の一言

双子だったので、子ども時代はオリジナルな世界が無かったとおっしゃる中村さん。家でも学校でも地域でも、いつも比較されていた感じがしていたそうです。だからこそ、オリジナリティを大切にされていたり、どちらか一つに決めない柔軟性も持ち合わせていらっしゃるのかなと感じました。蝶ネクタイ、とてもお似合いです!