「DAYA」公演『PAZ-HARE-LA~小夜鳴き鳥のこえがする』観劇記 暗闇から光の中へ (下)

「DAYA」公演『PAZ-HARE-LA~小夜鳴き鳥のこえがする』観劇記
暗闇から光の中へ (上)の続きです。

※()の中は上編同様に私の感想です。

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次の『フリーズ』は小5の女の子が、夏休み中の講習会で教育実習生にいたずらされた話だ。50年前の出来事を振り返って話しているのだが、「その時」の記憶は封じ込められたまま、時間を奪われたと感じているという。この女性は高校生のときにも再びジュースに睡眠薬を入れられて暴行されたという。

(なぜ彼女ばかりが、時を隔ててまたそんな目に合わなくてはならなかったのか。怒りとやり切れない思いでムカムカしていた)

彼女の背中には半世紀もの間、すっと冷たく、固くのしかかっていたコブのような塊があった。
周りの人は「大したことじゃない」「意識なくてよかったよねー」「ハエなんだと思って忘れなさい」なんとも無責任な言葉が流される。

(心ない言葉に、どれほど長い時間、繰り返し傷つけられてきたのだろう)

「私の身体はわたしのもの」「世間は勝手なもの」
「やだやだやだ!自分のことなのに、何も覚えていないなんていやだ!」
奪われた時間と自尊心。
そこにひとりの女性が迎えにくる。手を差し伸べて
「悪いのは相手。あなたは何も悪くない。あなたはそのままでいい」
その言葉には長い苦しみからの解放と、いままだ同じ思いに囚われている人たちへの心からの働きかけであり、救い出したいという覚悟が感じられた。
背中の白いコブを投げ捨て、思い切りよく蹴飛ばして去っていった。

その他、
軽妙な漫才のような仕立ての『カワレル』は会社でのセクハラについての作品。
『黒い履歴書』は黒服の女性3人が語る数々のセクハラエピソード。
(私も似たようなこと、あるある)
『鎮魂歌』は虐待家庭で育った友人についての話。24才で自殺したという友のことを友への思いとともにギターで弾き語り。壮絶だ。
『記憶と希望』は20年前の家庭内DV体験と、その後出会った野宿生活者の女性による手記の話。ここだけはと自分を守る、気迫と孤高の精神に打たれ、どんな環境にいても、どんな体験をしたとしても、何かを糧に生き延びる力を誰もが持っているという強いメッセージ。

ラストは『溶けてく石』。男女5名がランウェイに現れ、それぞれの体験を話していく。

ゲイ、レズビアン、トランスジェンダー、Xジェンダーの人たちだ。

同性による性的暴行。親による息子への売春強要(米兵相手)。世間や警察によるLGBTの人たちへの偏見とそのことによる誤った対応に傷つけられる心。これは二次被害と言われるものだ。
マイノリティゆえに一層深まる孤独と混乱。
何年も、何十年もの時を経て、いまようやく言葉として語られる経験。

「聞いてくれてありがとう」
「話してくれてありがとう」
「生き延びてくれてありがとう」
「もうひとりじゃない!」
語り終えたあとの彼らの言葉にどれほど救われただろう。

LGBT(LGBTQ)の人たちの存在が認知され、その声を聞く機会が増えてきてはいるものの、何十年も前からの、幼い頃からのエピソードの数々に驚きと苦痛を覚えた。
とかく性暴力というと、女性が男性から受けるものと思いがちであった。世代も年齢も関係なく。ざまざまな場所で、あってはならないことが起き、沈黙の闇に閉じ込めようとする力が確実に存在している。

8つのエピソードが終わったあと、出演者がひとりひとりランウェイを歩いていく。

オープニングと同じなのだが、どの人も開放感や達成感を感じさせる清々しい表情をしていた。

 

ランウェイには滑走路という意味もあるという。

苦々しい体験と心の傷を乗り越え、立ち上がり、声をあげて共に飛び立とう。

大きな大きなメッセージを受け取った。

観劇を終えてまず思ったことは、自分の認識の甘さだった。娘時代を過ぎ、一人息子を持つ私にとっては知らず知らずのうちに性被害への当事者意識は薄らいでいたのだ。
タブー視されている性犯罪にスポットを当てて、当時者から語られたエピソードで構成されていると聞き、最初は観劇してこの記事を書くことに二の足を踏んだ。人の心の闇に触れるには覚悟が必要だったからだ。

性暴力に限らず、今の世の中にはさまざまないじめや人を踏みにじり、傷つけるような出来事がたくさんある。性暴力はダイレクトに命の根源に結びつきやすい。その人の存在。命そのものを心身ともに傷つけ、その存在すらも危ういものにしてしまう。
人権蹂躙

心と体がこわされる

汚れる
穢れる

知られてはいけない秘密

被害者が後ろめたさを感じて自分の殻に閉じ込められる。
心無い周りの人からの言葉も二次被害となり当事者を一層追い込んでいく。

「あなたのためよ」

(いや隠すことは何の解決にもならない)

傷つけられたら、踏みにじられたらNOと言おう。
悪いのはあなたじゃない。痛みも苦しみも身体の外に投げ出して、傷をいやそう。
傷は簡単には消えはしないだろう。見つめて、誰かに受け止めてもらうことで向き合い、越えてゆく。

シンプルなランウェイで語られた当事者たちの心の叫び。
長くつらい闇を、自らが破り、語り、前にすすもうとしている。

日頃から、「もし自分だったら」という共感性の欠如が気になっている。

リアルな体験と被害当事者の心理、闇、心の傷に寄り添いたい。
他人事ではないのだ。
その困難と傷に触れ、一層その思いを強くした。
リアルよりも柔らかく、見る人、聞く人が選べる距離感やスタンスで、誰かに感情移入し、共感共有しやすい。芸術にはそんな力があると思う。

観劇してよかった。

 

制作を行った演劇集団『DAYA』は、性被害の問題を表現として昇華することによって、社会の性暴力への認識を変えることを目指し、当事者と向き合い、話し合いながら、作品創作を行うために2020年1月30日結成された。

そして、この『PAZ-HARÉ-LA(パサレラ)~小夜鳴き鳥のこえがする』は、性暴力の被害当事者が、自らの体験を語りあい支えあうことを目的としたワークショップからうまれたという。

ちなみに団体名の「DAYA」は「NO(やだ)」と声を上げ、社会の意識を変えたいという願いからつけられた。

 

あなたは悪くないよ。
だいじょうぶ。
ひとりじゃないよ。
話を聞くよ。

コロナ禍によって性暴力や家庭内DVの増加傾向が明らかとなっている今。
この声がひとりでも多くの性暴力被害者をはじめとして、傷つけられ闇に押し込められた人たちに届くことを願う。

 

 

 


〜執筆者プロフィール〜
稲垣美穂

女性の笑顔は家族の力の源。仕事や家庭でがんばる女性の心身のヘルスケアやストレスケアサポートと、安心して話せる場づくりに取り組む。WonderMIX主宰。セラピスト、講師(セルフケア・身体の使い方等)、イベント企画、ライター。元ダンサー兼ダンスインストラクター。
40代で結婚出産し、産後の不調や孤育て、介護、看取りを経験。

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