教えて!『無形資産』の築きかた VOL.4(上)

日野市役所の職員のかたわら、「栗原市移住定住コンシェルジュ」という肩書を持つ渡辺あゆみさん。それって、どういうことなんだろう?という素朴な疑問と渡辺さんのはじける笑顔に惹かれました。
人生100年時代、貯蓄などの有形資産はもちろん、お金に換算できない、友人関係や知識、健康などの『無形資産』を今からコツコツと蓄えていきたい。そこで、『公務員』という生き方をしながら、『無形資産』を蓄えている日野市役所の渡辺あゆみさんにその秘訣をお聞きします。

 

渡辺あゆみさんプロフィール
現在、日野市企画部地域協働課係長。社会福祉士。
弘前大学理工学部地球環境学科を卒業し、2003年、日野市に入職。
ごみゼロ推進課、日野市立病院医事課、高齢福祉課、石巻市障害福祉課(災害派遣)を経て地域協働課へ。
自治大学校第1部・第2部特別課程第29期修了。
好きなものは、東北、温泉、ブナ林、星、写真、ダイビング、花火、オープンカー、手芸、美味しいもの何でも。

 

-宮城県栗原市の「移住定住コンシェルジュ」になられた経緯を教えてください。

栗原市にはいろんなご縁があるんです。日野市役所の職員だった両親が栗原市に移住しています。10年前くらい前、「退職したら田舎暮らしをする」と、縁もゆかりもない栗原市に移住して、地域の農家の方と一緒に田んぼや畑を育てながら、シャーベット屋さんをやっています。「人生の楽園」というテレビ番組にも出演しました。私も、「東京から娘さんが手伝いに来ました」というところで少しだけテレビに映りました。周囲の農家が桃を作っているのですが、売れない桃を廃棄しているのがもったいないと、移住してからシャーベット工場を作り、お店を始めたんです。

ジェラート シャーベット ドリーム もぎたてフルーツ工房 土里夢
http://dream8377.com/?fbclid=IwAR3SEWov6FJGTU48Yfr8eZ7ppv3f6Ajw1DpAdKs1tLl8VwGJc4cnLfsHTNc

 

-ご両親が栗原市に移住されているんですね。

両親は市役所で働いているころから、栗原市に土地を購入して、別荘暮らしを始めていました。母が先に移住して、桃の作業をしながら、地元の方と仲良くなって、売れない桃の廃棄を知って、シャーベット工場を作ることになりました。
父はケースワーカーをしていましたが、最後は郷土資料館の職員として、子どもたちと田んぼづくりの事業などをしていました。母は図書館の職員でした。日野市の図書館は全国的にも有名なのですが、図書館の仕事が大好きで誇りを持っていました。母は少し変わった職員でして、図書館の館長なのに、図書館にいないで近所の家とかまちの中をうろうろ歩いているんです。日野は宿場町だった歴史があるのですが、「日野宿発見隊」という事業で、昔の写真を大事に持っている地域の方達から写真を集めていました。まちのあちこちで、写真を撮った同じ場所に写真を展示する「まちかど写真館」というのを始めました。その写真集も作っています。「図書館の仕事はカウンターの中で本を貸すのではなく、まちの財産を残す仕事だ」と言っていました。学芸大学の後期試験に母が書いた論文が使われたんです。二人とも破天荒な公務員でした。

日野宿発見隊ホームページ
http://www.hinoshuku.com/index.html

まちかど写真館
http://www.hinoshuku.com/matikado.html

 

-まさに、渡辺さんは「地域に飛び出す公務員」のサラブレットですね。

小さい頃から「公務員はいい仕事だぞ」と洗脳(?)されて育ちました。自分の時間も自由になるし、人の役に立つし、仕事でやっているのに感謝されるし。やってみたらそうでもないなと思いましたけど(笑)

 

-ご両親の繋がりで、「栗原市移住定住コンシェルジュ」を引き受けられたのですか。

両親がシャーベット屋さんの立ち上げで、栗原市の職員さんにお世話になっていたんです。そんな折、偶然にも私が同じ宮城県の石巻市に1年間派遣されたんです。石巻にいる時に、ふらっと参加した東北OM(東北の自治体の職員さん達の自主勉強会)で、たまたま栗原市の方が父の事業を紹介していたんです。その発表をされていた栗原市の職員さんに声をかけて、栗原市とのお付き合いが始まりした。栗原市の移住定住支援事業の東京オフィスにしょっちゅう遊びに行っていました。栗原市の移住フェアで司会をしたり、湖のほとりにあるおみやげ屋さんのお手伝いをしたり、栗原好きの東京人の飲み会を栗原で主催しています。栗原の楽しさを勝手に伝えている感じです。

宮城県栗原市移住定住サイト「きてみらいん くらしたい栗原」
https://www.kuriharacity.jp/welcome/050/020/PAGE000000000000000377.html

 

-高齢福祉課在職時に、社会福祉士の資格を取得されていますね。

福祉ってすごく専門的な知識やスキルが必要なのに、どんどん現場のレベルが下がってきちゃっていると感じているんです。日野市は地域包括支援センターを社会福祉法人などに委託していますが、その一方で職員はどんどん異動してしまいます。現場でちゃんと知識やスキルを持った人がいないと思い、資格を取得しました。福祉でも何でもですが、異動先の職場では、いつも担当の仕事を極めたいと思っています。
10年ほど前、腎臓の病気が見つかって入院したんです。生きられるんなら一生懸命やりたいなあと入院中に考えていました。以前から興味のあった社会福祉士の資格を取得したいと思い、退院してすぐに社会福祉士の資格が取れる大学の通信科に申込みました。

 

-資格を取得してどうでしたか。

すごくよかったです。いろんな専門職とケースに関わる中で、行政職員として言うべきことを言わないといけないし、対等に話ができないといけないじゃないですか。資格を取得して自信もつきましたし、専門職の方達から信頼されるようになりました。地域包括支援センターを統括する仕事をしていたので、センターのスタッフにアドバイスすることもできるようになりました。

 

-大変な職場ですよね。

精神的にはハードな職場だったと思います。家の中に入ったら、亡くなられた方がいたりとか。いろんな経験をして、ちょっとのことでは動じなくなりましたね。

 

-そんな過酷な職場でどのようにモチベーションを維持されていましたか。

使命感ですかね。困っている方を救ってくれる制度が社会にあることの大切さ、このことに職員として携われること。社会に役立つ仕事ができているなと嬉しかったです。父もケースワーカーでしたし。

栗原市移住セミナーで司会をしました。

 

下編に続く


〜執筆者プロフィール〜
上木 宇宙(うえき そら)
まんなか世代の公務員。
元気な100歳、『百寿者』を目指しています。
健康第一、85歳までは働き続けたい。
定年後、私ができる仕事はなんだろう?
人生100年時代、貯蓄などの有形資産はもちろん、お金に換算できない、友人関係や知識、健康などの『無形資産』を蓄えていきたい。
『公務員』という生き方をしながら、『無形資産』を蓄えている方にその秘訣をお聞きします。

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