教えて!『無形資産』の築きかた VOL.3(中)

人生100年時代、貯蓄などの有形資産はもちろん、お金に換算できない、友人関係や知識、健康などの『無形資産』を今からコツコツと蓄えていきたい。そこで、『公務員』という生き方しながら、『無形資産』を蓄えている方からその秘訣を学びたい。法務省の千田早苗さんにお話を伺いました。

教えて!『無形資産』の築きかた」VOL3(上)の続きです。

 

-検事総長に就任した林真琴さんと一緒に仕事をしていたそうですね。

これまでの検察は犯罪の捜査や刑事処分の決定、公判などが主な仕事で、対象者の方の社会復帰支援に関する役割はありませんでした。福祉の支えのない知的障害者や高齢者が罪を重ねて何度も服役していたことを、山本譲司氏が「獄窓記」で問題提起されました。林検事総長はこのような問題意識を早くから持っていたことで、こうした人達を出所後に福祉につなげ、捜査にも社会福祉の視点の取り組みを検察庁と法務省で始めました。私は仙台地検でそのモデル事業の担当で、検察初の取り組みとして、全国に先駆けて、様々な試行事業を実施しました。林検事総長が当時の仙台地検の検事正として着任され、一緒に試行錯誤しました。

 

-再犯防止の入口支援の「仙台モデル」とはどのような取り組みですか。

東日本大震災後の被災地では、DVやストーカー、児童虐待などの犯罪が増え、社会不安が顕在化するのを目の当たりにしました。復興支援でクタクタになっている被災地の自治体が再犯防止まで取り組むことは難しいです。そこで、再犯防止と被害者支援のために、仙台地検に全国初の刑事政策推進室を立ち上げ、問題のある家庭のまるごと支援を自治体とともに目指しました。検察庁が復興支援の一翼として自治体と組んで、高齢者福祉、障害者福祉、生活保護、児童虐待などの様々な支援への振り分けができるような仕組みを「仙台モデル」として作りました。

 

-とても大事な取り組みですね。

勾留中の被疑者に対し面談を実施して、社会復帰後の支援体制を事前に調整するという仕組みを新たに作りました。刑事処分の内容を問わず、社会復帰の時に、支援の必要性がある方を対象としています。可能な限り、支援相当と思われる自治体、障害者相談支援事業所、包括支援センター、医療関係者、被疑者の家族などの支援者に集まってもらいます。時には被疑者を含めて面談を実施することで、社会復帰時の支援の体制を作ることに努めました。

そうしたモデルケースを参考に、各地域の特色に応じて、検察と自治体などが連携できるように全国の検察に働きかけました。そのような経緯から、検察の入口支援は、全国一律ではなく、地域ごとの社会問題に特化した特色があります。

 

-千田さんは日本各地で講師をしていたそうですね。

先ほど話した仙台地検から最高検検察改革推進室に異動し、2か月後に「刑事政策推進室」が設置され、唯一の専従職員となります。検察改革の枠組みでは、再犯防止や被害者保護などをテーマに研修や講演を各地で行いました。職員向けには、自己啓発と心理学、管理者向けのコーチングなどの研修講座を策定して、あちこちの検察で講演しました。捜査実務の現場が分かる人が教えないと仕事で使えるものにはならないですから。

 

-今はどのようなお仕事ですか。

犯罪白書を製作し、刑事政策的な取組に関する研究事業を担当しています。私が早稲田大学社会安全政策研究所の研究員として、その分野の研究をしてきたこともあり、現在の部署で、本業として研究に携わることになりました。

 

-千田さんは「強み」を生かされる部署に異動されていますね。

検察幹部からは、人脈の活かし方や事業の設計の仕方を学びました。そうした教えをもとに、幹部の考えを実現する実績を着実に積み重ね、「千田ならなんとかしてくれそう」という期待に応えてきました。仕事以外の繋がりも広く、外での活動でも上手くやってきたことが組織に理解されてきたと思います。男性のようには出世できなそうな時代でしたし、出世欲はありませんでした。職場のニーズに応えてきたら、いつの間にかここまで来ていたという感じでした。

 

-高校卒業後、検察庁に就職された理由を教えてください。

学生時代にカナダのバンクーバーに留学していた時に、法律のプログラムで受刑者や非行少年が社会貢献事業をする制度がありました。そういうことをやりたいと思って、検察庁に入庁しました。

 

-最初は秘書だったそうですね。

女性がなかなか捜査に携われない時代で、私が捜査官になるまで7年かかりました。男性なら1年目から捜査官になった人もいます。女性職員は、お茶くみや可愛らしさを要求されるような存在だと感じていました。男女雇用機会均等法が整備されているにもかかわらず、実態が伴わず苦闘した20代でした。警察や検察の仕事は、体力的にハードなので、家庭や育児とは両立しにくいところはまだあります。今は、ジェンダー差は基本としてあるけれども、業務内容の適性は個体差だと思います。

 

-捜査官になってどうでしたか。

捜査官になってからも、被害者対応や遺族支援など女性だから得意だろうというような仕事を多く割り振られました。社会経験もなく、若かったので、レイプ被害にあった方や家族を亡くして傷ついている方から、「健康で何事もない、あなたなんかには分からないでしょ!」と泣かれたりしました。被害者支援の団体に行っても、当時は捜査機関には批判的な方が多く、なかなか仲間には入れてもらえませんでした。

 

下編に続く


〜執筆者プロフィール〜
上木 宇宙(うえき そら)
まんなか世代の公務員。
元気な100歳、『百寿者』を目指しています。
健康第一、85歳までは働き続けたい。
定年後、私ができる仕事はなんだろう?
人生100年時代、貯蓄などの有形資産はもちろん、お金に換算できない、友人関係や知識、健康などの『無形資産』を蓄えていきたい。
『公務員』という生き方をしながら、『無形資産』を蓄えている方にその秘訣をお聞きします。

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