デコボコ息子ワールド考5.育児×介護のダブルケアを体験

息子と私が地獄期に、もうひとつ家族の問題がありました。

それは実父の介護でした。

元気が取り柄の父でしたが、年齢が進むにつれ、要支援となり、介護度もどんどんあがり、亡くなる年には要介護5になりました。その間に、痴呆症がじわりじわりと進み、昼夜逆転やせん妄が始まり、一人でトイレに行けなくなりました。ディサービスやショートステイは嫌がることが多くて、思ったように利用はできませんでした。

実母が実家で父を看ていましたが

■老々介護
■父が母に度々暴言を発する
■昼夜逆転で夜中のトイレ対応などが頻度に起こる
■緑内障の影響で視力がほぼなくなり、行動に目が離せなくなった
■体調不良から病院への通院回数が増えたこと

などが重なり、母一人への負担がとても大きくなっていきました。
私も時間をとって母のフォローをしていましたが、厳しい現実がどんどん増えてきて
「このままいくと父母両方つぶれる。もう家で看るのは限界」だと感じました。

施設を探そうと決めた時、父は要介護3でした。老健(介護老人保健施設)や特養(特別養護老人ホーム)の入所を進めていましたが、実家のある地域の施設は常に満床で、100人以上待ちがほとんど。最終的には私の住む地域の老健、そして特養への入所後に亡くなりました。

ある日、実家で母が病院に行っている間に父と息子と一緒に過ごしていました。
母が病院に行った後、母がいないことに気づいた父が不安になって、どんどん落ち着かなくなっていきました。部屋を歩き回って、母を探した後に「母を病院に迎えに行く」と言って外に出ようとするので、息子も連れて散歩に行きました。

片方の手は息子の手を、もう片方の手に父の手を握って散歩をしている中、「ああ、これがダブルケアなんだ」と感じました。散歩中に母が帰ってきて、母の姿を確認すると安心して父は家に向かいました。

老健に入るまで父の介護をほぼ母が担っていたので、私が感じた「ダブルケア」は、本来の意味とは少し違っているとは思います。
「ダブルケア」という新聞やネット、TVなどで見聞きする社会的ワードに、自分に当てはまった事実には、この時かなり驚きました。

父が施設に入るまでは、弟も時間を取って多くの施設見学に行ったり、実家に通ったりしていました。施設に入ってからは、夫や息子、義父母の協力もたくさんありました。

痴呆症がでていた父でしたが、施設に会いに行って話してみると、昔のことは覚えていたり、その時の気持ちを話してくれたり、父に会いに行く時間は好きでした。
施設にいた時間は、トータル約半年ととても短い時間でしたが、父との向き合って話せたことは、私にとって、とても貴重な時間になりました。

高齢出産の割合も増えている中、「ダブルケア」は当たり前のこととして、社会で受け止めていくことが必要になってきていると感じます。
子どもやシニアに関わる人に対して、社会で支える仕組みがもっと骨太になって欲しいと思います。

 


フジヤマ燈子
フリーライター&編集者。グルメ&街&ひとの取材記事を手掛ける。子どもの頃から「なぜ?なに?っ子」で、親や大人を質問攻めにしたことは数知れず。大人になった今もその問いは続く。自閉症スペクトラムのゲーム&歴史オタクな息子(2007年生まれ)とサッカー観戦が大好きなみずがめ座の夫と暮らす。音楽&ライブ&本屋・図書館巡りが大好き。ビール党から日本酒党へ移行中。
note:発達デコボコ息子と私

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