ヒトリおしゃべり考房 Cinéma de carrière【第13話】

「エリン・ブロコビッチ」de描かなくてもいいキャリア(上)

 

日本の夏の風物詩のひとつになっている夏の甲子園(全国高校野球選手権大会)ですが、ご存知のように今年は中止になりました。理由は、いちいち文字にするのも面倒になってきた新型コロナウィルスの感染拡大を防止するためです。この大会に限らず競技会やコンクールなど、児童・生徒・学生が数年をかけて目指してきたゴール、打ち込んできた成果や集大成としての発表の場が失われてしまっているのは、とても残念なことです。なんとも理不尽な現実にいきなり直面した心身ともに発達途上の多くのこども・若者たちは、目標そのものをもぎ取られたような混乱、心がフリーズしてしまうような虚しさを感じたのだろうと思います。まんなか世代の皆さんの中には、家族として、あるいは指導者・関係者として目の前にそうしたこども・若者がいらっしゃる方もいるかもしれませんね。

さて、そのような状況の中で私たち大人といわれるまんなか世代にできることは何でしょうか?教育的な観点やもっとピュアな親心から大人たちが働きかけて、自治体などで代替の機会が用意されたりもしています。運よくそのような場を得ることができた若者たちは、とても爽やかに感謝の言葉を口にします。甲子園での高校野球交流試合のTV中継を観ていてよく耳にしました。高校生とはいえオトナだなぁ~と自分が高校生だったころと比較して感心してしまうのですが、まったく別の視点で私たちまんなか世代にできることについて、気になっていることがあります。それは「辿り着く先に置かれたゴールは動かない」ことを前提としないパラダイムをこども・若者に用意しなければならないのではないかということです。「代替の大会を用意する」ことについてうがった見方をすれば、表面的にこれまでのパラダイムを取り繕うことにしかなっていないのでは?という気がしてしまいます。

そんなことを考えている中でフッと頭にうかんできたのが映画「エリン・ブロコビッチ」。ちょっと長い前置きになった話と直接結びつくかはかなり怪しいのですが、今回のCinéma de carrièreではこの作品を題材にして、描かなくてもいいキャリアについておしゃべりしたいと思います。

「エリン・ブロコビッチ」は2000年に製作された実話に基づく社会派サクセス・ストーリーのアメリカ映画です。主演のジュリア・ロバーツの演技は世界中で絶賛され、アカデミー主演女優賞をはじめ数多くの賞を受賞した作品です。

ストーリー(ソニーピクチャーズ公式サイトより )

映画「エリン・ブロコビッチ」https://www.sonypictures.jp/he/36015

胸元も露に超ミニのスカートでキメた元ミス・ウィチタ。離婚歴2度。3人の子持ち。無学、無職。
貯金残高16ドル。そんな彼女が1枚の書類から大企業の環境汚染を暴き、634の住人の署名を集め、
史上最高の和解金350億円を勝ち取り、アメリカ中にスカッとした感動をもたらした。これは実話に基づ
いた痛快なサクセス・ストーリー。

 

この作品は主人公の名前がそのままタイトルになっている映画です。エリンはやりたいこととかキャリア・デザインとか、そんなことを言っている余裕なんてかけらもない3人の子どもを育てるシングルマザー。無職なばかりか相手の信号無視で交通事故に遭い、賠償金を取れると期待した裁判にも負けて、とにかく仕事に就かなければ生活がままならない危機的な状況です。そこで彼女がとった行動は、裁判を担当した弁護士の事務所へ押しかけて問答無用で働き始めてしまうのです。一般的に控えめだとされている日本人からみると想像を超える図々しさと度胸ですが、日本人よりも自己主張が強いといわれる欧米の方にとってもさすがに驚きの行動なのではないでしょうか?

この時点ではエリンにとっての仕事の目的はシンプルに生きていくために、子どもたちを養うために必要なお金を稼ぐこと。法律に興味があるとか、正義感から困っている人の力になりたいという動機がもともとあったわけでもありません。「プランド・ハプンスタンス(計画された偶発性)」というキャリアの理論がありますが、始まりはそれとも違う、ただの無茶ぶりです。主人公のエリンは「動機?モチベーション?ビジョン?はぁ?」ってバッサリやられそうなキャラなのですが、ジュリア・ロバーツにだったらやられてみたいみたい気もします(笑)

 

プランド・ハプンスタンス・セオリーとは

スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授によって提唱されたキャリアに対する考え方。個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される。その偶然をできるだけ計画的に発生させ、自分のキャリアを良いものにしていこうという考え方。予期せぬ偶然の出来事を「計画された偶発性」に変えるには、好奇心、持続性、楽観性、柔軟性、リスクテイキングの力が重要であるとされている。

 

 

無茶ぶりとはいえ、その行動にハッとさせられます。それは、提供される働く機会の中から仕事を選ぶのではなくて、自分で働く場所をもぎ取って(つくり出して)いることです。しかも、知識・スキルや経験がないことを理由に自分で自分の可能性を閉じてしまわないマインドを発揮している。どちらも、私たちまんなか世代の多くが「できないこと」として前提にしてしまっていることのような気がしませんか?そして、もし私たちがそのことを前提にしているならば、その姿勢は間違いなく私たちが接する子どもたちや若者たちにとってのパラダイムになっているのでは?

興味を持てるものを見つけて、コツコツと努力を重ねるプロセスが人を成長させることは間違いありませんし、その延長線上に直接敵、間接的な成果や幸せがある可能性が高いこともそのとおりだと思います。特に、「辿り着く先に置かれているゴールは動かない」ことが前提であったこれまでの時代においては。けれど、これからは「先に見えるゴールは仮置きされているに過ぎない」ことを前提として、提供される機会に頼らないマインドを手に入れることを意識しなければならないような気がします。

そのことについて、ただの無茶ぶりスタートから偶発的に立ち上がってくるエリンのサクセス・ストーリーをヒントに次回の第14話でおしゃべりしたいと思います。

 


〜執筆者プロフィール〜
中村 容(なかむら よう)
学生の就職支援に携わったのをきっかけに、働き方や暮らし方の選択をとおして人が成長していくプロセスに関わるキャリア支援の魅力にはまる。現役世代のキャリアシフトを支援する「まちのキャリアラボ」や小さな映画館シネコヤで映画作品から暮らし方や生き方を考えるイベント「おしゃべり考房」など、地域をフィールドにキャリア支援に取り組んでいる。地域活動での肩書きは「まちのキャリアデザインマスター」。本業は大学職員。

 

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