ヒトリおしゃべり考房 Cinéma de carrière【第12話】

「カセットテープ・ダイアリーズ」de抜け出せない何かから抜け出す方法

 

“まんなかタイムスは「人生100年時代」を生きるぱっとしない中年の今と未来を考えるウェブマガジン”

編集長なのか誰なのか、なかなか刺激的なキャッチフレーズをつけたものだなぁといつも思います(笑)。自分のことを「イケてる」とは言い難くても、「ぱっとしない中年のひとりです」とまでは認めたくない。。。「半乾きのカサブタ」みたいなプライドがあることを思い出させられるフレーズです。ところで、この「ぱっとしない」という自覚ですが、まんなか世代(中年)の皆さんは、これまでの人生で同じように感じた時期はほかにもありませんでしたか?「なんか、ぱっとしない」という感覚を抱えたまま過ごした特定の時期。私が思い当たるのは10代後半から20代前半にかけて。似たようなモヤモヤを抱えていたような気がします。今と違っていたのは、そのモヤモヤが「半乾きのカサブタ」みたいなプライドではなくて、思いに力が追い付かない「生々しい傷口」みたいな芽生え始めたアイデンティティだったということでしょうか。そして、「ぱっとしない」モヤモヤの発生源は人によって多様だとは思いますが、その正体が「抜け出せない何か」によって生まれているかもしれないという点では、あの頃の自分もまんなか世代にいる今の自分も同じなのかもしれないことに気づきます。

今は感染症拡大防止の対策に慎重にならなければない状況ですが、最新の注意を払いつつ最近公開された映画「カセットテープ・ダイアリーズ」をみに行ってきました。大好きなアメリカのロックミュージシャンであるブルース・スプリングスティーンの楽曲と存在がストーリの核になっている作品なので、非常事態宣言を受けて公開延期になっていた中、心待ちにしていました。今回のCinéma de carrièreでは、映画「カセットテープ・ダイアリーズ」を題材に、抜け出せない何かから抜け出す方法についておしゃべりしたいと思います。公開中の作品なので、ネタバレしないように気を付けながら。

「カセットテープ・ダイアリーズ」は2018年に製作されたイギリス映画で、パキスタンからイギリスへ移住してきた一家の高校生になる長男の成長を描いたわかりやすい(笑)ドラマです。原題はブルース・スプリングスティーンが1975年に発表した楽曲「Blinded by the Light」からとられています。

 

ストーリー(公式サイトより )

映画「カセットテープ・ダイアリーズ」http://cassette-diary.jp/

イギリスのルートンの小さな町で暮らすパキスタン系少年のジャベドは16歳。夏のアルバイトを終え、SONYのウォークマンで流行のペット・ショップ・ボーイズを
聴きながら自転車を走らせる彼は、この9月からハイスクールに入学する。誕生日が同じ、幼なじみの少年マットは恋人ができ、日々充実した青春を楽しんでいる。
だがジャベドは孤独に鬱屈を募らせていた。保守的な町の人からの移民への偏見や、パキスタン家庭の伝統やルールから抜け出したくてたまらない彼。特に古い
慣習を振りかざす父親マリクには内心強い反発を感じていた。
人種差別や経済問題、不安な政情に揺れる時代をジャベドなりに反映させた詩を書いているが、まだ本当の“自分の言葉”を見つけられずにいた。だがそんなあ
る日、モヤモヤをすべてぶっ飛ばしてくれる、ブルース・スプリングスティーンの音楽と衝撃的に出会い、彼の世界は180度変わり始めていく―。

 

この作品の主人公は人生最初かもしれないモヤモヤ期にいる高校生のジャベドですが、コラムの主役は、まんなか世代ど真ん中にいる父親のマリクです。1980年代の後半、むずかしい話は横へ置いておきますがサッチャー政権の経済政策(サッチャリズム)で失業率が11%程度だった頃に働き盛りという設定です。文化も時代もまったく違いますが、家庭内では父親以外は意見を口にできないような雰囲気は、私の子ども時代の我が家にも漂っていた空気感との同質性を感じます。当たり前ですが、当時の私は親が感じていた「生きづらさ」みたいなものになど思いが及ぶわけもなく、もっと言うと自分のことで精いっぱいで、親が何かに悩んでいるかもしれない可能性なんて考えもしていなかったというのが正直なところです。それだけ威厳を振りかざされていたからかもしれませんが。そんな自分の子ども時代や家庭の空気感、親との関係を思い出しながら見ていてあらためて気にとまったことが2つあります。1つ目は父マリクにも若き日に「抜け出せない何か」からのモヤモヤがあっただろうなということ。2つ目は「抜け出せない何か」とは単純に親の価値観や家庭の縛りだけではなくて、その根っこにある社会の状況や世情だということ。

 

私たちも自分ゴトとしてまさに今経験していることかもしれませんが、まんなか世代のモヤモヤ期と成長途中のティーンエイジャー周辺のモヤモヤ期が家庭内で同時に発生するケースは少なくないですよね。そして、そんな私たちを取り巻く社会はどんどん複雑になっていて、世情の変化もスピーディーで、正解がなくなっていて・・・。最近は新型コロナウィルスの感染拡大防止に社会的な対応が必要となり、新しい生活様式とかニューノーマルとか言われて、別な文脈で課題とされていた働き方改革も飲み込んで、私たちに迫ってきていますよね。この状況、みなさんはどう対応していますか?例えばテレワークが推奨されても通勤しちゃう(させちゃう)方ですか?もしかするとニューノーマルを迫られれば迫られるほどオールドノーマルにしがみつこうとするまんなか世代は少なくないかもしれませんね。

映画の中のジャベドとマリク父子は現在ほどではないにしても、サッチャリズムのもとでニューノーマルに迫られていながら「抜け出せない何か」を抱えているぱっとしない高校生とぱっとしない中年なのだと思います。ストーリーとしては、ジャベドはブルース・スプリングスティーンの音楽と出会い、背中を支えられて成長していきます。一方の父マリクは、やはりオールドノーマルにしがみつく・・・という展開ですが、これ以上ストーリーの話しはしないでおきましょう。先にも言ったとおり、わかりやすいお話しになっていますから(笑)。

私たちまんなか世代は、「抜け出せない何か」と闘っている目の前の「ジャベド」にどう接するか、という問いの答えは、自分自身の「抜け出せない何か」からどうやって抜け出すか、という問いの答えと同じかもしれない。私は映画「カセットテープ・ダイアリー」をみて、そう感じました。ラストシーンでマリクがジャベドに何をしたか。さりげなく描かれているのでそれとは気づかない可能性がありますが、あのシーンが答えのような気がします。ブルース・スプリングスティーンや音楽に興味がない方にも楽しんでみていただけるわかりやすい(笑)作品だと思います。

 


〜執筆者プロフィール〜
中村 容(なかむら よう)
学生の就職支援に携わったのをきっかけに、働き方や暮らし方の選択をとおして人が成長していくプロセスに関わるキャリア支援の魅力にはまる。現役世代のキャリアシフトを支援する「まちのキャリアラボ」や小さな映画館シネコヤで映画作品から暮らし方や生き方を考えるイベント「おしゃべり考房」など、地域をフィールドにキャリア支援に取り組んでいる。地域活動での肩書きは「まちのキャリアデザインマスター」。本業は大学職員。

 

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