ヒトリおしゃべり考房 Cinéma de carrière【第11話】

「マダム・イン・ニューヨーク」de 愛と敬意の変身資産(下)

 

自分の中にセットされてしまったメンタルブロック(≒思い込み)を外すこと、周囲の人たちのジャッジメンタル(≒決めつけ)を打破すること、この二つは簡単にできることではないと思います。その理由をストレートに表現すると、外さないほうが、打破しないほうが自分にとって安全で居心地がよい部分があるとわかっているから、ではないでしょか?

 

今回のヒトリおしゃべり考房 Cinéma de carrièreは前回(第10話)の続きです。
前回はコチラ→https://s-ce.shigoto.bz/wordpress/?p=12913

 

自らの意志で、周囲のジャッジメンタル(≒決めつけ)を振り払おうと一歩を踏み出していたシャシですが、小さなアクシデントをきっかけに、もとの日常に引き戻そうとする大きな「引力」が生まれます。唯一の理解者である姪ラーダの励ましなどまったく寄せ付けない「引力」。この大きな「引力」の正体は何だと思いますか?家族に内緒で隠れてしていることのストレス、夫サディシュの咎めるような態度、他にもいろいろありそうな負のエネルギーが集まったものでしょうか。「なんでこんなこと始めちゃったのだろう」「余計なことをしないほうが楽だったのに」と、後悔気味に弱音を吐きたくなった経験がある方は、この「引力」を実感的に想像することができるかもしれません。私は未だにしょっちゅう後悔気味に弱音を吐きたくなります(笑)。

 

ところで、3つの心理空間というのをご存じでしょうか?まず3重の円を思い浮かべてください。中心の円が①コンフォートゾーン(快適空間)、②あいだに挟まれた円がストレッチゾーン(挑戦空間)、③いちばん外側の円がパニックゾーン(混乱空間)といわれるもので、人が成長へ向かおうとするときの状態を表す概念としてコーチングやヒューマンリソースマネジメントの場面で使われます。

  • コンフォートゾーン(快適空間)とは、安心感があり、居心地が良いと感じる心理状態を指します。快適なのですが、新たな学びはない状態です。
  • ストレッチゾーン(挑戦空間)とは、コンフォートゾーンから少し出た状態のことで、ちょっと不安やストレスがあるけれど、学びもある心理状態を指します。
  • パニックゾーン(混乱空間)とは、許容範囲を超えて、ストレスや負荷がありすぎる状態のことを指します。この領域でも学びはありますが、耐えきれずにつぶれてしまう可能性もあります。

 

ニューヨークへ来てからのシャシはまさにストレッチゾーンにいたはずです。いまから勉強しても身につかないのではないかという不安、家族に内緒でコソコソと隠れてしていることのストレス、自分に英語が必要なのかという迷いもあるけれど、学び(そしてちょっとした恋)もある心理状態。そんな微妙な状態のシャシは些細なアクシデントで一気にパニックゾーンへ連れ出されてしまったのではないかと思えてしまいます。彼女は混乱してしまい、つかみかけていた誇りと自信を手放して居心地の良いコンフォートゾーンへ帰ろうとする。それが、以前の日常に引き戻そうとする大きな「引力」の正体のような気がします。

 

シャシがストレッチゾーンにとどまろうとするのか、それともコンフォートゾーンへ戻ってしまうのか、その決断に大きく影響したのは彼女が「何を学んだか」なのではないかと私は思っています。もちろん、シャシが勉強したのは英語です。でも、通っていた英会話学校で彼女が学んだのはそれだけではないのだと思います。その教室にはシャシと同じように英語を母国語としないマイノリティの多様な男女が学びに来ていました。クラスメイトの中にも人種やジェンダーにかかわる小さな偏見や差別、ジャッジメンタル(≒決めつけ)が無意識にあることを映画では軽妙なタッチで描いています。クラスメイトたちには、それぞれの実現したい思いがあって「学ぶ」という行為を共有しながら、相手を尊重するようになっていきます。拙い英語でも、思いと尊重を必死に伝えようとする行為から理解が生まれてお互いに成長していくクラスメイトたち。シャシの一番の学びはクラスメイトとのかかわり、ダイナミズムにあるように感じます。そして、こうした多様な人たちと集う学びの場がジャッジメンタルを打破し、メンタルブロックを外すためにはとても重要な役割を担うような気がしてなりません。

 

映画のストーリーには、主人公のシャシに想いを寄せるフランス人シェフのローランとのトキメキ♡も盛り込まれています。そのことにも気づいた姪ラーダにシャシは「恋はいらないの、欲しいのは尊重」と言います。そしてローランには「自分を愛することを教えてくれてありがとう」とも。映画の終盤、約3分にもおよぶシャシのロング・スピーチ、そして、その後のローランとの対話シーン。私がもう少し若ければ丸暗記しただろうと思う素敵なセリフが続きます。普段はあまりゴリ押しするのは好きではありませんが、この作品は男女問わず大勢の皆さんにすすめたい映画です。

 


〜執筆者プロフィール〜
中村 容(なかむら よう)
学生の就職支援に携わったのをきっかけに、働き方や暮らし方の選択をとおして人が成長していくプロセスに関わるキャリア支援の魅力にはまる。現役世代のキャリアシフトを支援する「まちのキャリアラボ」や小さな映画館シネコヤで映画作品から暮らし方や生き方を考えるイベント「おしゃべり考房」など、地域をフィールドにキャリア支援に取り組んでいる。地域活動での肩書きは「まちのキャリアデザインマスター」。本業は大学職員。

 

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