知りたい:「Twitterデモ」と「誹謗中傷」から考える

知りたい:「Twitterデモ」と「誹謗中傷」から考える

先の国会では「Twitterデモ」が政治を動かし、検察庁法改正案が見送られた。その直後、1人の若い女性が命を絶った。InstagramやTwitter上で受けた「誹謗中傷」がもとだという。SNSからリアルへ、というルートは同じで結果は正反対の、2つの出来事とその影響について考えた。(古川晶子


先の国会で、首相がなんとしても通そうとしていた検察庁法改正案。改正により長官の地位に「お友だち」を据えようとしている、として国民の怒りが沸き上がった。新型コロナウイルスの影響で日常生活が混乱し「外出自粛」で抗議行動なども難しいなか「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグをつけてツイートするという方法で500万の反対の意思が表明された。この「Twitterデモ」が国会での攻防を後押しし、法改正案は見送られた(「今国会成立を見送る案が政府・与党内で浮上」5月18日読売新聞)。

その5日後に、リアリティ番組「テラスハウス」の出演者であった木村花さん(22)が、Instagramに「愛されたかった人生でした」などの言葉をのこして自ら命を絶った。女子プロレスラーとして活躍していた、華やかな女性の自死には衝撃が走った。原因は、番組を視聴して木村さんに反感を覚えた人からの「誹謗中傷」だという(「木村花さん死亡、最後の”いいね”は「お前が早くいなくなればみんな幸せ。早くきえて」」5月24日週刊女性PRIME)

木村さんを死に追い込んだ「誹謗中傷」について「錯覚ではなく、リアルな傷害」というのは、子育てサロンよつばのひろば代表の江島真由美さん。テレビ番組などメディアに登場する個人に対して、視聴者はすでに「テレビの中の人」への憧れという感覚は持っていないという。会いに行ける、手の届く存在だととらえているのだ。

情報化が進み、誰もが発信できる環境が整ったことが一因だろうか。確かに、ブロガーやYouTuberのなかには、駆け出しの芸能人などよりずっと知名度が高く発言力を持つ人もいる。同じツールを使っていると、自分も同じ土俵で勝負している気になってしまうのかもしれない。

それを江島さんは「自分がいつも一番で発信」しているという「幼児の万能感のような錯覚」とみている。その錯覚から、SNSやリアリティ番組で目立つ存在が許せなくなり「ジェラシーに苛まれ」攻撃に至るのは、非常に歪んだ認知であるが、SNS上でそれを直ちに見てとるのは難しい。発せられた言葉だけが相手に届き、リアルに傷をつける。

SNS上の言葉の大群が、一方で政権の暴走を防ぎ、もう一方で人の命を奪う。私たちはその両方の現象を知ることができる位置に立っている。そこでいま見逃してはいけないのは、政府が木村さんの事件を受けて、として「投稿者を特定しやすくする方策を検討している」ということだ(「ネットの誹謗中傷、投稿者特定の簡易化検討 高市総務相」)。

投稿者を特定する仕組みは「誹謗中傷」をやめさせる抑止力になるだろうか。江島さんは「ネットの誹謗中傷は通り魔のようなもの」だという。通り魔になる経路は十人十色だから、決定的な抑止力というのは考えにくい。それよりも「文字コミュニケーションを学ぶこと」が大事、たとえば「同じ”わかった”が明るく伝わるのか、怖いと受け取られるのか、それは相手の価値観による」ことを学ばなければならない、と江島さん。たしかにそうだ。

また個人的には、仕組みができてしまえば「Twitterデモ」の発信者を特定するのに使われはしないか、そちらのほうが心配だ。そもそも何が「誹謗中傷」なのかは、当事者が声をあげることであり、必要なのはその声に耳を傾けることではないだろうか。一つひとつの出来事に右往左往するのではなく、いま自分が立っている地点からとらえられるものを見失わないことを大切にしたい。

シェアする