ヒトリおしゃべり考房 Cinéma de carrière【第10話】

「マダム・イン・ニューヨーク」de 愛と敬意の変身資産(上)

私のまわりでは、耳にしない日がないくらいに「オンライン」という言葉が一気に日常語になってきています。その言葉とともにいつの間にか「オンライン」という状況を扱えるのが あ・た・り・ま・え みたいな空気が漂い始めているのも感じます。
新型コロナウィルス感染症拡大を防止するための方策として、いわゆる「3密を避ける」ために外出自粛という生活を余儀なくされる中で、様々な社会活動やコミュニケーションをパソコンやスマホのテレビ・Web会議システムを活用して実現する手立てとして「オンラインで・・・」となるわけです。医療では「オンライン診察」、ビジネスや市民活動では「オンライン会議」、学校や塾では「オンライン授業」、プライベートな交流では「オンライン飲み会」などなど。便利という言葉だけでは表現しきれないほど、IT技術の進展で日々の生活が補完されていることにあらためて気づかされます。一方で、もうすぐ55歳を迎える私にとっては生活のいろいろなことがデジタル化されていき、都度それらを活用するために吸収するのが少し億劫に感じるというのも正直な思いです。
これまでも何度か引き合いに出していますが『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』という本の中で、著者のリンダ・グラットンさんは100年時代の人生を豊かにする無形(見えない)資産の一つとして変身資産をあげています。そして、この変身資産の基盤をなすものは①自分についての知識と②多様性に富んだネットワークの2つだけれど、変身資産にダイナミズムをもたらすのは実際の行動を伴う新しい経験に対して開かれた姿勢だと言っています。まさに今の状況、withコロナ社会では新しい経験に対して開かれた姿勢を持つことが、これからの生活を豊かにしていくことにつながるのだろうと思うと説得力を感じます。
今回のCinéma de carrièreでは、withコロナ、afterコロナ社会で新しい生活様式をデザインしていくことをリアルに感じながら、映画「マダム・イン・ニューヨーク」を題材に、変身資産についておしゃべりしたいと思います。
「マダム・イン・ニューヨーク」は2012年に製作されたボリウッド(インド・ムンバイ映画産業全般の俗称)映画で、自分の価値を認めてもらえない専業主婦が一念発起し、英語が苦手というコンプレックスを克服して誇りと自信を取り戻していく姿を描いたドラマです。原題は「English Vinglish」

ストーリー(公式サイトより )
映画「マダム・イン・ニューヨーク」http://madame.ayapro.ne.jp/
シャシは二人の子供と忙しいビジネスマンの夫・サティシュのために尽くす、インドのごく普通の主婦。料理上手な彼女は、
お菓子“ラドゥ”を贈答用として販売するほどの腕の持ち主。そんな彼女の悩みは、家族の中で自分だけ英語ができない
こと。夫には対等に見てもらえず、年頃の娘には学校の三者面談に来るのも恥ずかしがられる始末…。事あるごとに夫や子
供たちにからかわれ、傷つき、ぶつけようのない不満を持ち続けていた。
ある日彼女は、姉でNYに暮らすマヌから、姪の結婚式の手伝いを頼まれ、家族より一足先に一人でNYへ行くことに。英語
ができないシャシは、カフェでコーヒーすらも頼めず、終いには店内をパニックに陥らせてしまう。打ちひしがれていた彼女
の目に飛び込んできたのは、「4週間で英語が話せる」という英会話学校の広告だった。学校には、世界中から集まった英
語が話せない生徒たちがいたが、その中には彼女が大失敗をしでかしたカフェで助けてくれたフランス人男性ロランもい
た。彼から行為を持たれるというしばらく忘れていたときめきに戸惑いながらも、仲間たちとともに順調に英語を学んでいく
シャシ。夫に頼るだけの専業主婦から、ひとりの人間としてのプライドに目覚め、自信を取り戻し始めていた。・・・

多くのボリウッド映画がそうであるように120分を超える長編なのですが、特徴ともいえる強烈で熱気ムンムンの歌とダンスのシーンは抑えられていて、軽快なテンポと品のある爽やかさが全編に漂うとても鑑賞しやすい作品です。それでいて、ストーリーの構成は私も含めて多くの日本人にとって思い当たるような、英語コンプレックス、日常のささいな意地悪、ジェンダー役割、無意識の差別、などの要素がカジュアルに盛り込まれていて、芯がありながらとてもチャーミングな映画です。

主人公のシャシは家族にも内緒で英会話学校に通い始めるのですが、ある日、彼女が教室へ行っている間に小さな息子が事故にあってしまいます。たいした怪我ではなかったのですが、夫サティシュはシャシを咎めるように接し、シャシ自身も自分を責めます。ただ一人シャシが英会話教室に通っていることを知っている姪のラーダが彼女を慰め励ましますが、シャシは残り僅かになっているにもかかわらず英会話学校をやめると告げます。

シャシ:家族をおいていくなんて、私は身勝手な母親。親の責任も忘れて・・・
ラーダ:最後までやり通して
シャシ:続けるわ、昔に始めたことを。母親の仕事を。

自らの意志で、決まった行動パターンの日常から新しい経験に対して開かれた姿勢で一歩踏み出していたシャシを襲った些細なアクシデント。「そんなことで引き返しちゃダメ」とラーダといっしょに応援したくなりますが、シャシを元の日常に引き戻そうと強く働いているのはジャッジメンタル(≒決めつけ)です。ストーリの中では随所に夫サティシュの言動を通じてシャシの日常を縛るジャッジメンタルが提示されています。母親の役割、妻としてのわきまえ、女性としての分相応なふるまい。敬意にかける愛の中で日常を過ごしてきたシャシが無意識にセットしてしまっていたメンタルブロック(≒思い込み)が、一歩踏み出し始めた変身過程での些細なアクシデントによって発動してしまったことがわかるラーダとのシーンです。
周囲のジャッジメンタルによって本人も気づかないうちに徐々にセットされていくメンタルブロックを外すのは簡単ではありません。その人のアイデンティティの一部にもなっているはずですから。皆さんも打破したい欲求に気持ちが高ぶっていても、どうしても断ち切れない正体不明な足かせのようなものを感じたことはありませんか?そんな状態が続くうちに自分のことが嫌いになって、自分の周りのすべてがイヤになって・・・。私も55年の人生の中で何度か経験してきた思いです。
自分の中にセットされたメンタルブロックをとり外すには?
周囲のジャッジメンタルを打破するには?
続きのおしゃべりは次回のCinéma de carrière【第11話】で。

 


201906nakamuraまんなかタイムス〜執筆者プロフィール〜
中村 容(なかむら よう)
学生の就職支援に携わったのをきっかけに、働き方や暮らし方の選択をとおして人が成長していくプロセスに関わるキャリア支援の魅力にはまる。現役世代のキャリアシフトを支援する「まちのキャリアラボ」や小さな映画館シネコヤで映画作品から暮らし方や生き方を考えるイベント「おしゃべり考房」など、地域をフィールドにキャリア支援に取り組んでいる。地域活動での肩書きは「まちのキャリアデザインマスター」。本業は大学職員。

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