デコボコ息子ワールド考 1.息子のこと ~思えば遠くに来たもんだ~

はじめまして。私はフリーライター&編集者のフジヤマ燈子と申します。
まんなかタイムスでコラムを執筆することになりました。どうぞよろしくお願いします。
書きたいことは山盛り盛りなので、末永くお付き合いいただけるとうれしいです。

今一番書きたいこと、それは「息子」にまつわるエトセトラです。
息子は、2007年生まれのイノシシ年。ゲーム&歴史が大好きで中学生になりたてほやほやです(しかし、中学校は新型コロナウィルスの影響で休校中)。出産予定日より1か月早く生まれ、小さい小さいと思っていたら、もう私の背丈とほぼ同じになりました。

息子が生まれてからの12年間はあっという間……では全くありませんでした。
そびえたつ山、底なしに深い谷、大雨、大雪、大型台風級のことが次々に起こっていました。
きっと「子育て」って、その繰り返しなのかもしれません。
ですが、私にとっては目の前に起こる出来事に自分が壊れてしまう寸前まで追い詰められた時もありました。

始まりは、息子が小学校に通えず不登校になったことからでした。その後、息子が小学校3年生の時に発達障害(自閉症スペクトラム)であることがわかりました。

診断が出るまで約8年間、怒涛のイヤイヤ期があったり、保育園時代からずっと行き渋りが続いていたりと、その行動にぶんぶん振り回されていました。

小3の時が親子共々、地獄期ピークでした。
息子は自分の思うようにいかないとすぐに暴れる、自分の頭をたたき続ける、パニックになる、家出するなどがあって、私もそれを抑えようとしたり、無理やり学校に連れて行ったりなど、体力気力共に限界が近づいていました。本気で息子と離れて暮らす以外選択肢がないと思ったこともありました。

ある日、相談を重ねていた市の教育センターの相談員に、いつもように息子のトラブルを話すと、相談員さんが「息子さん、発達の偏りがあるかもしれない。検査を受けてみたら?」と今思い返すと、かなり言葉を選んだ助言してくれました。

その検査結果で、息子は、ある項目の数値が極端に低く、できることとできないことの差がかなりのデコボコがある子ということが分かりました。
そのことに私はショックを受けることは全くなく、今までの戦いの理由が分かって、ホッとしました。

それからもトライ&エラーを繰り返しながら、今は息子といい距離をとって生活できるようになりました。地獄期の私には、こんな日が来るなんて1ミリも思えなかったです。だってあの頃は、朝からお互いが怒鳴りあって、泣いて、光ゼロの毎日でしたから。

息子のことを振り返ると、「思えば遠くに来たもんだ」(by海援隊)が頭の中を駆け巡ります。

長い前書きになりましたが、これからデコボコ息子と関わって見えたことを書き綴っていきたいと思います。


〜執筆者プロフィール〜

フジヤマ燈子
フリーライター&編集者。グルメ&街&ひとの取材記事を手掛ける。子どもの頃から「なぜ?なに?っ子」で、親や大人を質問攻めにしたことは数知れず。大人になった今もその問いは続く。自閉症スペクトラムのゲーム&歴史オタクな息子(2007年生まれ)とサッカー観戦が大好きなみずがめ座の夫と暮らす。音楽&ライブ&本屋・図書館巡りが大好き。ビール党から日本酒党へ移行中。
note:発達デコボコ息子と私

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