きょうはなんの日(3)外国人登録令 1947年5月2日

きょうはなんの日(3)外国人登録令 1947年5月2日

「人生100年時代」を生きるぱっとしない中年が、その日に起きた出来事と今の社会とのつながりをつらつら考えるコラムです。読んでいただけたらほくそ笑みます。

1947年5月2日は「外国人登録令」が交付された日です。いろいろと知っておきべきことが多い出来事ですが、まず、「法」ではなく「令」として公布された、というところから。

1945年にポツダム宣言を受諾した日本では、連合軍が占領政策を展開しました。占領というと、もとの統治者を排除して国内の諸勢力を制圧し、産業から日常生活まで統制する、というイメージかもしれませんが、このときとられた方法は「間接統治」というものでした。日本の政府機関は温存され、軍事政権のもとで戦時体制にあった「臣民」を武装解除し民主化する方向ではありましたが、当面は連合国総司令部(GHQ)主導のもと、政府機関が「勅令」を発していました。

その一つである「外国人登録令」が5月2日に公布されたことは、該当者の多くを占める旧植民地出身者にとって深刻な意味を持っていました。条文には「台湾人のうち内務大臣の定める者及び朝鮮人は、この勅令の適用については、当分の間、これを外国人とみなす」とあり、それまで日本で暮らし、働き、戦争を経験した多くの人々を「外国人」として扱うことが明言されたのです。

日本は明治以来、強引に朝鮮や台湾を植民地化し、太平洋戦争では現地の人々を「臣民」として教育し、兵士や軍夫、そして性奴隷としてさんざん使役しながら、正式に日本国籍を与えることなく、あいまいな状態にしていました。それを敗戦後に突然「外国人」と定義したのがこの「外国人登録令」です。しかもその翌日に施行された「日本国憲法」には「国民は、すべての基本的人権の亨有を妨げられない」とあり、「外国人」には基本的人権が保障されなかったのです。

これを知っても「ちょっとしたタイミングの問題では」などと思う方はかなりおめでたいです。これに先だつ1945年に、衆議院議員選挙法が改正され、旧植民地出身者の選挙権・被選挙権が停止されています。この改正では、日本で初めて女性参政権が実現したので、民主化の大きな一歩としてのみとらえる傾向がありますが、その陰で、これまで「お国のため」に大きな犠牲を強制していた人々が参政権を失いました。

さらに、1952年には民事局長通達で彼らの日本国籍は完全に否定され、その結果としてあらゆる戦後補償、たとえば軍人恩給、遺族年金、障害年金などの対象外とされました。その後も国民年金や国民健康保険、公営住宅入居、日本育英会の奨学金など、しだいに整えられていった日本の社会福祉は、親子二代、三代と長く日本で暮らしていても「外国人」だからと利用できないものが多くありました。また公立学校教員や弁護士などの仕事に就くことも制限され、どうしてもその道に進みたければ日本国籍を取得することが求められました。現在はそのような制限が一部で撤廃されるなど、少しずつ変化していますが、そもそもあってはならないものです。

「外国人登録令」の後、1952年に「外国人登録法」が施行され、悪名高い「指紋押捺」を強制されるようになりました(2012年に新たな在留管理制度にともない廃止)。日本における「外国人登録」をめぐる経緯は差別と搾取の歴史で、現在に至るまで、当事者の教育や経済、健康などの重要な事柄に影響しています。

2020年のいま、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、社会の至るところで通常の流れが止められています。こんなときには小さな歪みが拡大されやすいです。また、被害者の痛みは他者の理解と想像の外であることがしばしばあります。せめて歴史を知って、同様の過ちを繰り返さないようにしたいものです。(古川晶子

参考書籍:『〈シリーズ日本近現代史〉⑦占領と改革』岩波新書『君たちと朝鮮』岩波ジュニア新書