ヒトリおしゃべり考房 Cinéma de carrière【第8話】

「おやすみなさいを言いたくて」de 仕事のプロとして、パートナー、親として

私たちの身近な生活の中には、まだまだジェンダー平等に関して多くの課題が残されていることは最近注目されるようになったSDGs(国連が2015年に採択した持続可能な開発目標Sustainable Development Goalsの略)の世界ランキングを確認しなくても実感できます。仕事における女性の社会進出も解決すべき問題とされていて、政治や経済における女性の参画と平等なリーダーシップの機会確保も求められていますよね。

日本の家庭で共働き世代が主流になったのは1990年代に入ってからで、ちょうどバブル経済の崩壊と同時期だといわれています。働く女性にとっては結婚や出産、子育てなどの選択も含めて仕事と家庭を両立させていこうとするとき、ジェンダーの平等が十分ではないことをより実感するのかもしれません。そんな日本の状況も意識しながら、今回のCinéma de carrièreでは、映画「おやすみなさいを言いたくて」を題材に、仕事と家庭のバランスや葛藤についておしゃべりしたいと思います。

「おやすみなさいを言いたくて」は2013年にノルウェー、アイルランド、スウェーデンによる合作として製作され、モントリオール世界映画祭などで多数の賞を受賞した映画です。主演は私も大好きな世界が認める女優ジュリエット・ビノシュ。

ストーリー(映画「おやすみなさいを言いたくて」KADOKAWA公式サイトより )
https://www.kadokawa-pictures.jp/official/attgn/

紛争地帯をはじめ、世界の抱える問題の真実の姿を写真にとらえる―。
主人公レベッカを突き動かすのは、名誉や報酬だけではない、「誰にも気づかれない現実」を皆に知らせたいという、使命感に近い想いだった。
それに導かれるようにひたむきに生きる彼女が、生死にかかわる事故にあったことである転機を迎える。
「君の生き方を愛している」といってくれた優しい夫、そして彼に任せきりにしていた娘たちと、遠い距離をへだてていても強い絆で結ばれていると思っていた。
しかし一家は、レベッカの想像以上に彼女の身を案じて気疲れ、やがて彼女の無謀さに反感すら覚え始めていたのだった。
数々のセリフが繊細に紡がれ、原題に引用された
「‘A Thousand Times Good Night’何千回ものおやすみを」
というシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の愛の言葉が、家族と世界への愛に引き裂かれるレベッカの姿に重ねられる。

主人公のレベッカの職業は報道カメラマン、しかも紛争地帯の最前線が仕事場という特殊なものです。この点は私たちが自分の身に置き換えて想像することは難しいかもしれません。けれど、「なんとかしたい問題(関心)」が目の前にあって、その解決に自分の力を発揮することについての使命感や喜びという視点なら多くの人が共感できるのではないかと思います。その問題関心や使命感、関わることの喜び(仕事への思い)が強ければ強いほど、家庭などプライベートな生活と仕事とのバランスのとり方の悩みも大きくなるだろうという想像もできるはずです。会社勤めでいえば、異動や昇進、転勤なども大きな葛藤が生じる節目になります。家族やパートナーがいれば、相談しながら関係性や役割分担などを見直し、理解と協力を得ながら両立をはかっていくということになるのでしょうが。。。

物語では、レベッカは海洋生物学者の夫マーカスと娘ステファニー、リサと4人で暮らしています。その家族はレベッカの身を案じながらも、彼女の熱意を支えています。レベッカはそのことに感謝しながら誇りをもって仕事を続けていたのですが、彼女の想像以上に家族には負担がかかっていて、ある出来事がきっかけで協力体制が崩れてしまいます。この状況、「私も似たような経験があります」という女性は少なくないのではないでしょうか。

例えば、結婚当初は夫婦共働きをしていて、お子さんの出産を機に奥様が退職。子育てが一段落したところで、家族も応援、協力してくれながら働き始めた。その仕事が順調で興味や向上心、評価も高まり忙しくなってくるのに比例して家族が不機嫌になってくる。そして「そういう話じゃなかった」とか「家族のことも考えて」とか。もちろん、この例だけではなく、女性に限らず、家族やパートナー間でいろいろなケースとして起こっていることですよね。このようなことが起こってしまうのは、お互いが共有できている(だろう)と思っている関係性(家族やパートナー)やキャリアについての価値観、状況に変化が生じたときの許容度について、本音の話し合いができていないことが原因なのだと思います。特に働くことに関する価値観について、男性側はこれまでの日本の組織文化や産業界を覆っていた「男社会」を前提にした偏った「当たり前」が染み込んだままの感覚をガイドラインとした「理解と協力」を示していることのほうが多いかもしれません。実際に私が耳にした男性(夫)のことばの中には「大目にみてゆずっていたら調子に乗って・・・」なんていうのもありました。

レベッカの夫マーカスはそんな人物ではありませんが、彼自身も海洋学者という専門性が高い職業に就きながら、海外での仕事が多い妻以上に子育てをしてきました。物語では直接的には描かれていませんが、彼のキャリアを考えれば研究に没頭していてもおかしくない年齢です。思春期に入っていく年頃の長女もいて、妻は身に危険が及ぶ可能性が高い仕事で不在がちな毎日を想像してみてください。レベッカの仕事が社会的に大きな意義があり、立派な取り組みだとわかっていて協力してやりたいという気持ちはあったとしても簡単ではないはずです。物語の中ではレベッカの葛藤が主軸として描かれていますが、もしこの作品をみる機会があるなら、夫マーカスの葛藤にも気持ちを向けてみてください。

そして、最後に触れておきたいのが長女ステファニーの内面です。間違いなく彼女は母親の後姿をみて成長しています。不在がちな母親。命を懸けて社会正義のために働く母親。家族との幸せも心から求める母親。ステファニーはどんな大人になるのか、母親のようになりたいと思えるのか。ラストシーンで紛争地にいるレベッカの前には現地の母と娘がいます。仕事のプロとして、パートナーとして、親として。。。問いで終わる作品です。


201906nakamuraまんなかタイムス〜執筆者プロフィール〜
中村 容(なかむら よう)
学生の就職支援に携わったのをきっかけに、働き方や暮らし方の選択をとおして人が成長していくプロセスに関わるキャリア支援の魅力にはまる。現役世代のキャリアシフトを支援する「まちのキャリアラボ」や小さな映画館シネコヤで映画作品から暮らし方や生き方を考えるイベント「おしゃべり考房」など、地域をフィールドにキャリア支援に取り組んでいる。地域活動での肩書きは「まちのキャリアデザインマスター」。本業は大学職員。

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