ヒトリおしゃべり考房 Cinéma de carrière【第6話】

「マイ・ブックショップ」de 時代の価値観と豊かな人生

新しい年になって、思いを新たに今年の目標を立てた方も多いのではないでしょうか。私もあいさつ代わりのように「今年の目標は?」という質問を何人かの知人から受けました。確かに一つのわかりやすい節目として、何かを始めるきっかけとして、新しい年の始まりというタイミングは使いやすいですよね。興味があって年が明けてから参加した哲学カフェのテーマが「夢・ビジョン」だったのも、そういうタイミングと無関係ではないだろうと思います。哲学カフェなので、まとまらない様々な考えがその場に広がるのですが、対話中に「夢はどこから生まれるのだろう」という問いが出てきました。その問いに考えを巡らせる中で、私は「環境や日常の暮らしといった現実から生まれる・・・」みたいなイメージがわきました。後になって、その時に浮かんだその考えを整理している時に、昨年みた映画「マイ・ブックショップ」のことを思い出し、時代の価値観と生き方について思いが広がっていきました。

今回のCinéma de carrièreでは、映画「マイ・ブックショップ」を題材に「時代の価値観と豊かな人生」についておしゃべりしてみたいと思います。
「マイ・ブックショップ」は2017年にイギリス、スペイン、ドイツの合作として製作された映画で、日本では昨年(2019年)に公開されました。

ストーリー(映画「マイ・ブックショップ」オフィシャルサイトより https://mybookshop.jp/)
1959年のイギリス、海辺の小さな町。戦争で夫を亡くしたフローレンスは、それまで一軒も書店が
なかった町に夫との夢だった書店を開こうとする。保守的な町でそれを快く思わない町の有力者
ガマート夫人の嫌がらせに遭いながらも何とか開店にこぎつける。レイ・ブラッドベリの「華氏451度」
など、先進的な作品を精力的に紹介し、書店は物珍しさで多くの住民がつめかける。
だがガマート夫人の画策により、次第に経営が立ち行かなくなっていく。フローレンスの味方は40年
も邸宅に引きこもっている読書好きの老紳士ブランディッシュ氏だけ――。

この作品の時代設定は1959年、アメリカで起こり世界に広がるウーマン・リブ(Women’s Liberation=女性解放運動)までは10年ほど待たなければならない時代です。夫を亡くしている主人公のフローレンスが一人で書店を開こうとすることが、周囲の人たちにどれだけ受け入れられないかはなんとなく想像がつく気がします。時代の価値観としてはフローレンスに違う生き方を求めていました。しかし、長い年月を失意の中で過ごしていた彼女は、そうした時代の要請をそのまま受け入れて生きていく人生を選ばずに、覚悟を決めて行動を始めます。私は、そのエネルギーや勇気はどこから生まれたのかとても気になります。映画のオフィシャルサイトの説明の中には、前述のように「それっぽい」ことが書かれています。
―夫との夢だった書店を開こうとする―
さらっと読み流してしまうと「夫との夢=書店を開くこと」で済ませてしまいそうですが、これだけ(と言っては失礼ですが)では、時代の価値観に抗って行動に移したエネルギーや勇気の説明としては物足りない気がします。「書店を開くこと」の先にあっただろうふたりの夢って何?そのことを考えながら作品をみていると、思いは豊かな人生の在りかたに及んでいくかもしれません。

ところで、みなさんは時代の価値観に違和感を覚えた経験はありますか?やわらかくいうと「まわりはみんなそうだから」とか「昔からそうだから」みたいなことです。そして、そうしたことに抗った経験はあるでしょうか?もしかしたら、家庭や地域での人間関係で経験した方、会社など組織文化の中で経験した方、あるいはジェンダーや人権にかかわる社会的な文脈で経験した方も含めて少なくないのではないかと思います。特に「まんなかタイムス」を読んでくださっている方の中には多くいらっしゃるような気がします。そんな経験をしたことがある人はおわかりかと思いますが、時代の価値観に抗う時に目の前にあらわれるのは「孤独」ではないでしょうか?抗う対象の「大きさ」にもよりますが、この孤独はかなり厄介なものです。
映画「マイ・ブックショップ」の主人公フローレンスも明らかに孤独な闘いを始めることになるのですが、劇中、「本屋に孤独はない」というセリフが出てきます。深いセリフだなぁと思います。物語ではフローレンスを支える重要な人物がふたり登場します。老紳士ブランディッシュと少女クリスティーンです。その点では、フローレンスは孤独ではないといえますが、セリフは「本屋に孤独なない」です。まったくの勝手な解釈ですが、私はこのセリフと「書店を開くことの先あるフローレンスの夢」が関係しているような気がします。そして、フローレンスを支えるのが老紳士と少女というまったく世代が違うふたりであることも、このセリフの意味することともつながっていると思うのです。

フローレンスの人生が豊かなものになったかどうかは、この時代に小さな海辺の町に開いた「THE OLD HOUSE BOOK SHOP」が成功したかどうかではないのだろうと思います。意志をもって行動することで、その思いが伝わり、その思いは伝わった人の意志となって受け継がれていく。時代の価値観が少しずつ、ゆっくり変わっていくのは、一人ひとりの小さいけれど意志を持った行動で人と人がつながっていくことから始まるのだと思います。私たちの人生も意志を持った取り組みが誰かとのつながりを生み、そこから小さな何かが生まれたときに豊かさを感じられるのかもしれません。
この映画、映し出される町の風景や建物、インテリア、衣装、雑貨類など映像もとても美しく、「THE OLD HOUSE BOOK SHOP」という店名や取り上げられる文学作品「華氏451度」「たんぽぽのお酒」「ロリータ」にもしっかり意味が込められている素敵な作品です。


201906nakamuraまんなかタイムス〜執筆者プロフィール〜
中村 容(なかむら よう)
学生の就職支援に携わったのをきっかけに、働き方や暮らし方の選択をとおして人が成長していくプロセスに関わるキャリア支援の魅力にはまる。現役世代のキャリアシフトを支援する「まちのキャリアラボ」や小さな映画館シネコヤで映画作品から暮らし方や生き方を考えるイベント「おしゃべり考房」など、地域をフィールドにキャリア支援に取り組んでいる。地域活動での肩書きは「まちのキャリアデザインマスター」。本業は大学職員。

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