どまんなかvol.7 田山智子さんの生き方

どまんなかvol.7 田山智子さんの生き方

「ボウリンググッズ」「藍染の服」「鞐(こはぜ)小物」「履けない足袋」etc・・・
田山さんから出てくるアイデアは数知れず。そのすべてに使う人、着る人への思いが溢れています。自分の活動の原点を探りながら、日本の縫製業を支えてきた女性たちのこれまでにもスポットを当てていきたいという「仕立て屋りゅうのひげ」田山智子さんの生き方を、どまんなかに届けます。

1964年東京オリンピックの2日前に東京都墨田区で産声をあげ、3歳から埼玉県民になる。 小学校5年生の時、母親が作ってくれた手作り服と既製品の大きな違いに気付き、服作りに目覚める。高校卒業後、東京下町の縫製工場で働きながら洋裁を学び、1987年労働大臣検定二級技能士を取得。その後、パタンナー兼技能士として展示会サンプル縫製、各種衣装製作に携わる。2014年起業。2015年行田にアトリエを構え、オリジナル作品の製作販売や婦人服のオーダーメイド、ソーイングプロレッスンを手掛けた。現在はアトリエを自宅に戻し活動している。夫(58歳)義息子(36歳)娘(26歳)息子(19歳)の5人家族。趣味はボウリング。

-現在の仕事で大切にしていることはなんでしょう?

まず一番に、想いを持って服を作ることです。
行田に来て足袋産業と出逢いました。複雑で高度な技術が足袋だけで終わるのはもったいないし、女性が支えてきた産業にスポットを当てていきたいという思いも強いです。

-今の生き方に至るきっかけを教えてください。
2015年10月に自宅のアトリエを行田の牧禎舎に移転し、4年半を過ごしました。
行田へは、たまたま藍染めを体験したくて来ました。そこからご縁がつながって、アトリエとしてお借りすることになったんです。
原点は母が洋服を手作りしてくれたことです。小学生の頃「こんな洋服が着たい」と絵を描いて母に伝えると、その通りに作ってくれました。自慢でもありとてもうれしかったです。ただ、ジーンズを作ってもらった時お尻が破けたんです。すごく恥ずかしい思いをしたのと同時に、既製のジーンズと母が作ったジーンズ風のものとは何が違うんだろう・・と不思議に思いました。5年生頃、自分でデザインすることの面白さにも気づきました。洋裁が好きだったので、高校卒業後は都内の縫製工場に就職し、大先輩たちから多くを学びました。大変でしたが、労働大臣検定二級技能士の資格を取るまでは、とがんばりました。

当時、職場に取引先のメーカーの新入社員が見学に来たことがありました。同世代なのに、あちらは流行最先端の服。しかも私たちが縫ったものです。こちらは普段着でノーメイク。縫っている私たちはミシンの付属品のように感じたのを覚えています。格差を悔しく感じました。

その後、パタンナーとしても仕事をするようになりました。縫う事を知っているパタンナーとしてとても重宝がられました。子供服の雑誌に、作った服を載せる仕事をこなしたり、テーマパークのコスチュームを作ったりしていた41歳の時、仕事に追われて体調を崩しました。じつは取引先の破産宣告通知をもらったこともあるんですよ。制作したのに未払いなんていう事もあったんです。その時、自分の代わりはいない事に気づき、クライアントの都合で生きるのはやめて、自分のやりたいことをやろうと決め、2014年に起業を決断しました。

-難しいと感じていることはありますか?
発信の方法です。地域や行政とも、もっとつながっていきたいと思っているのですが、周りの声を気にしちゃうんですよね。で、諦めちゃう。小さなことは気にせず飛び出さなきゃと思ってはいるんですけど・・。上手な発信の方法が知りたいです!

-なぜその生き方を続けているのですか?

「生きてる!」と感じる時って、やっぱり縫っている時なんですよね。縫う事=自分自身なので。
平面だった生地が立体になっていく様を見るのは、何年やっていてもワクワクしますね。

-ご自身が10代20代の頃、50代の方はどんなイメージでしたか?

すごく大人・・というイメージです。10代後半に縫製工場で働いていたとき、対照的な2人の先輩女性がいました。ひとりはいつも同じエプロン姿であまり外見にこだわらないタイプの女性。その方と話すと、夫の愚痴と子どもの自慢だけ。もうひとりはちょっとおしゃれな女性。その方が着ている服がとても楽しみでした。その女性は会話もウィットに富んでいて、こんな女性になりたいなと憧れていました。「なりたい大人」を具体的にイメージし始めたころですね。

-今、ご自分がその世代に近づいてみて、いかがですか?

自分が憧れていた女性になれてるかな・・・どっちだろう。
以前、ある後輩女性から、私の持っている技術を認めて応援してもらった言葉がとてもうれしくて、もっともっとあこがれの女性めざして努力しようと思っています。

-まんなか世代として気になることはありますか?

まんなか世代は、予期せぬいろいろなことが起きますよね。先日、義母が亡くなりました。ずっと「動けなくなったらお願いね」と言われていたのに、介護させないで逝っちゃったんです。そんな母を見習いたいって思いました。子どもたちに「介護させないような人生」にしたいですね。ココ・シャネルは亡くなる3日前まで仕事をしていました。だから私も子どもたちに「ココ・シャネルを見習うからね」と言ってるんです(笑)
もうひとつ、最近、鏡に映る自分が老けたな~って思うんです。2~3年前の写真と違う!って。
50代は、見た目も大切ですよね。いろんなところが変化してきているからこそ、メイクや服装など、年相応のおしゃれを楽しめる情報がほしいなと思っています。
無理はしたくないけれど、がんばれるところはがんばったほうがいいなと思うようになりました。


編集長のひとこと
小さなころの夢を叶え、まんなか世代になり、今は大好きな縫製という産業を支えてきた女性の思いにもスポットを当てたいとおっしゃる田山さん。「もの」が作られる工程や技術という見えない部分を大切にされるのは、手作りの原点を教えてくださったお母さまから受け継いだものなのかもしれません。アトリエで、大きな業務用のアイロンやたくさんの型紙に囲まれながら、「私にしかできないこと」を話してくださいました。