ヒトリおしゃべり考房 Cinéma de carrière【第4話】

ヒトリおしゃべり考房 Cinéma de carrière【第4話】

映画「これが私の人生設計」deウソをついて仕事をする?

まんなかタイムスの人気コーナー「まんなかNEWS:知りたい」では、ジェンダーの視点から多くの情報が発信されています。キャリアについて考えるとき、とても大事な視点だということは日本に限ったことではありませんよね。

ところで、みなさんはSDGs(エスディージーズ)という言葉・文字を耳にしたり目にしたりしたことがありますか?2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標」です。簡単に言うと2030年までに世界で達成を目指す17のゴールが示されたものなのですが、その中に貧困、飢餓、健康、教育についで目標の5つ目として「ジェンダー平等を実現しよう(外務省仮訳)」というのが入っています。そして、2018年の時点でのジェンダー平等達成度ランキングをみてみると、日本は156か国(国連加盟国)中なんと99位という結果になっています。先進国の中ではかなり下位と言える残念な状況のようです。今回は、正面から向き合うのを避けがちな貧困や差別の問題にも関係するジェンダーとキャリアについて、コメディ映画でおしゃべりしてみたいと思います。

「これが私の人生設計」は2014年に製作されたイタリアのコメディ映画です。イタリア語版のタイトルは「Scusate se esisto!」で、はじめて日本で公開されたイタリア映画祭では「生きていてごめんなさい!」という直訳的なタイトルだったそうです。かなり皮肉が効いたタイトルで、内容的にはピッタリな気がしますが興行的な戦略から設計という職種と人生設計を重ねて、わかりやすいタイトルにしたのでしょう。

ストーリー(配給会社SYNCAオフィシャルサイトより http://www.synca.jp/theatricals/detail/27/)
建築家として世界各国で活躍しキャリアを積んでいたセレーナは、ふと自分を見つめ直し「新たなステップ」を
踏み出そうと故郷のローマに帰ってきた。
しかし、イタリアの建築業界は男性社会で、ろくな仕事にも就けないまま貯金も底をついてしまう。
そんな時、公営住宅のリフォーム案が公募されていることを知ったセレーナは、男性のフリをして応募し、自分は
アシスタントだと偽ってコンペに臨む―。

この映画は、まさにど真ん中のタイトル。女性建築家の主人公セレーナは30代という設定でしょうか。ある程度は仕事で実績を積んで、この後の人生をどうしようかと考えたときに、同僚の多くがいっそうの活躍の場を求めて世界へ散っていきます。ですが、主人公のセレーナはそんな生活に寂しさや侘しさを感じ、家族のいる故国のイタリアへ戻って仕事をしながら落ち着いて生きていこうとする選択をします。20~30代は全力で仕事に向き合ってスキルや評価を高め、築いたワークキャリアをベースにして、40代以降は私生活とのバランスもとりながらライフキャリアの豊かさを追求する生き方にシフトしていく。私たちにも馴染みがある人生設計のように思います。ところが、そんな人生を思い描いて帰国したセレーナをガチガチの男社会が待っていたわけです。私はこの映画をみて「へぇー、イタリアもそうなんだ」と驚きました。

映画のシーンからイタリア建築業界の「男社会」を拾い出してみます。

<男だらけの採用面接の待合室でたった2人のセレーナともう一人の女性のシーンで>
「女にチャンスはあると思う?採用されるのは、どうせ男よ」
!職探しを続けながらも女性たちの心にこびり付くような諦念
<面接室で雇用条件を確認するシーン>
「雇用についての一般的な免責事項です。自然災害、隕石の落下、妊娠」
!不可効力の災いと同列で扱われてしまう妊娠
<設計の公募に応募してプレゼンの場で審査官の男3人がセレーナに第一声を発するシーンで>
「彼(お前のボス)は来ていないのか?」
!応募資格が男性であるかのような業界の暗黙の了解

もちろん、コミカルにデフォルメされてはいるのでしょうが、イタリアの建築業界の現状を痛烈に皮肉っているのが伝わるシーンです。この映画では、セレーナを支えるのがLGBTだったり、コンペの対象となるのが老朽化した公営団地だったり、そこに暮らすのが独居老人や貧困家庭の少年少女だったり、今の私たちの身近にもある地域課題がソフトにではありますが描かれています。どの課題も何か一つの解があるような問題ではなく、それぞれの問題について個別に対処して何とかなるものではないなぁとあらためて気づかされる作品です。

そして、ビジネスパーソンとしての働き方についても、ハッとするセリフがあります。

<強烈な男社会やヒエラルキーのもとで主人公たちがなんとか切り抜けようとするシーンで>
「ウソをついて運をつかむ」
「みんな仕事のためにウソをついている」
!ワークキャリアは素の自分ではなくペルソナ(役割仮面)を被った自分の人生

セレーナもなんとかペルソナの自分で人生を切り開いていこうとするわけですが、実はこの映画には実際に公営住宅のリフォームプランを手掛けた女性建築家のモデルがいるそうです。このモデルの女性が、どのようなプロセスでその仕事を手にしたかはわかりませんが、本来は割かなくてもよいことにかなりのエネルギーを使ったのだろうと想像がつきます。

いかがでしょう?もしかしたらみなさんも日常の仕事をするにあたり、本来は割かなくてもよいエネルギーを吸い取られていることに心当たりはありませんか?一人ひとりが働くことを通じてより人生を豊かにしていこうとするなら、ジェンダーのことも含めて、余計なことにエネルギーを割かなくてもよい社会にしていくことを自分ゴトとして向き合って、身近なところで小さなアクションを積み重ねていくことが大事なのだろう考えさせられる映画です。

最後に、もし、この作品をご覧になる機会があったら、はじめの30分くらいは少し我慢が必要かもしれません。私は危うく10分くらいでDVDを止めちゃうところでした(笑)。


201906nakamuraまんなかタイムス〜執筆者プロフィール〜
中村 容(なかむら よう)
学生の就職支援に携わったのをきっかけに、働き方や暮らし方の選択をとおして人が成長していくプロセスに関わるキャリア支援の魅力にはまる。現役世代のキャリアシフトを支援する「まちのキャリアラボ」小さな映画館シネコヤで映画作品から暮らし方や生き方を考えるイベント「おしゃべり考房」など、地域をフィールドにキャリア支援に取り組んでいる。地域活動での肩書きは「まちのキャリアデザインマスター」。本業は大学職員。