『ぐるぐるゆるっと子育て@高齢出産』vol.1(下)

行かず後家 あれよあれよのスピード婚?!(下)
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初めてメール交換をしてから2週間。ゴールデンウィークにウラジミールさんが京都へ遊びに来ることになりました。
5日後、私が京都駅へ迎えに出て初対面。先に結婚の約束をしていたので変な感じです。
待ち合わせた場所に大きな熊さんのような男性がゆったりと現れました。恥ずかしくて顔をまともに見られません。少しだけふたりでお茶をして話し、すぐに妹のマンションに移動しました。
妹はもう義理のお兄さんになる人だーといつもより念入りに掃除をして歓迎してくれました。
彼が部屋に入ったとたん、3才の甥っ子は「プーさん?♡」と言いながら太ももにぎゅっと抱き着きました。
甥っ子には障がいがあって、成長はゆるやかでしたが、感受性豊か。安心して甘えるように抱き着いた様子を見て、妹も私も「ああー、やっぱりこの人は大丈夫だな」と確信したように思います。

京都滞在3日目の夕食は妹家族と一緒に。
妹の旦那さまに「お姉ちゃんの婚約者」と紹介され、いつの間にか婚約を祝う会になっていました。これまたびっくりの展開です。

3泊4日。互いの気持ちを確認し、これからのことを話しました。
京都の街を歩きながら、「役所の手続きが必要ですか?」と尋ねられました。
えっどういうことだろう?
要は入籍することは役所の都合なので、ふたりの意思がしっかりしているならば籍を入れても入れなくてもいいと思っていたそうです。
そんなこと、想像すらしたことのない私は驚きましたが、「あなたが田舎の長男で、私は本来なら跡取り娘。いい年をして親の了解を得ることはないかもしれないけれど、ご挨拶はきちんとして、祝福されてスタートしたい」と伝えました。
彼は、「うちの両親には結婚して半年くらいしてから電話ででも報告する」というので、「そういうことなら結婚できません。いい年をして、しかも私の方が5歳も年上。万が一子供に恵まれたときに、その子からおじいちゃんおばあちゃんを奪う権利は私たちにはないでしょう。私はそういうところはしっかりとやりたいです」伝えました。

私が育った町、ゆかりの場所を案内し、彼は東京に戻っていきました。

さあそこからは怒涛のよう。
お互い東京と大阪で仕事をしていたので、週末しか予定をいれられません。
まずは彼の住まいを訪ねました。職場にも連れて行ってもらいました。実態を確認しにいったというわけです(笑)
彼の籍に入ることと、私が仕事を辞めて、東京へ行くことを話しあって決めました。

次に彼の愛知県のご実家にご挨拶に伺いました。すでに結婚されて2児をもうけられているお姉さんご一家も来られていて、家族面接を受けるようで緊張しましたが、あたたかく迎え入れていただきました。

続いては彼が私の実家に挨拶に来てくれて、父と母に挨拶をしてくれました。
「お嬢さんを僕にください!」「一生幸せにします!」とか、ドラマで見て妄想していたのですが、彼は、「私たちは対等で、もらったりもらわれたりする関係ではないので、くださいとは言いませんよ」と。
で、「お嬢さんと結婚の約束をさせていただいたのでご報告とご挨拶に参りました」と言っていましたっけ。

私と同様にドラマで見てきたようなセリフを想像していた父は、少し寂しそうでしたが、一生結婚しないかもしれないと思っていたことを思えば、十分にうれしく、安堵してくれているようでした。

両家へのあいさつも滞りなく済ませ、互いの気持ちが変わらないことを確認して、6月中旬。彼の住む町の市役所に婚姻届けを提出しました。提出した後は彼が学生時代から家族同然のおつきあいをしていただいている方のところにご挨拶に行き、その日のうちに京都へ帰りました、

彼の存在を知ってから2カ月半、出会ってから1か月半のことでした。

ああ、あの頃のトーク履歴があるなら、結婚14周年の今、あらためて読んでみたいような気がします。会ったことも見たこともない人と、よくもまあ結婚を決めたものです(笑)

おっと、話が長くなりました。
このあと、7月末に挙式し8月末から同居するのですが、続きは次回に~。


<かもみぃみるのプロフィール>
1963年生まれ。41歳で結婚、42歳で出産した一人息子は現在中2。産後は体調を崩すなか、孤育てや介護、看取りも経験しました。音楽と踊りが大好きです。結婚までの、そして結婚後の様々な職歴と学びを活かして、数年前から女性の心身のウェルネスをサポートする講座やレッスンを行っています。「その人らしさを大切に。ゆるめること、ながめること、味わうことでよりよく生きる」を目指しています。