どまんなかvol.4 谷居早智世さんの生き方

埼玉県立小児医療センター2階にある、おかし屋マーブル。このお店ではNPO法人クッキープロジェクトが、県内の福祉事業所の皆さんの手作りクッキーやおせんべい、小物を販売しています。その福祉の商品を通じて、「障がいがあっても多様な人がいるからおもしろい」を提案し、まぜこぜおいしい社会をめざしてオープンしました。NPO法人クッキープロジェクトの広報担当理事、谷居早智世さんの生き方を、どまんなかに届けます。

谷居 早智世 (タニイ・サチヨ)1971年、埼玉県出身。美術大学を卒業後広告制作会社や編集ディレクターを経て2007年からクッキープロジェクトに参画。webサイトの作成やクッキー新聞などで情報を発信。「遊びが心を元気にする」をモットーに、人との出会いをデザインする。

-現在の活動で大切にしていることはなんでしょう?

「自分たちだけがわかるようにしない」ことです。多様な人たちと出会い、デザインも支援も当事者の意見を聞かずに決めつけることが、誰にとっても居心地の悪いものになること、そういう設えや制度が蔓延していることを教えていただきました。たとえば、公園の入り口にある柵は、車が入れないように設置されているけれど、車いすやベビーカーでは入りにくい。また白杖をついている人には点字ブロックは必要だけれど、車いすの人にはガタガタして通りづらい。かといって平滑すぎてバリアのない空間では目の見えない人にとっては方向感覚を奪われることもあるそうです。浅はかなひとりよがりな考えで設えると、当事者はもとより、他の人にとっても使いづらい、ということが起きてしまいます。

今の世の中では、他者に対する想像力を養成する機会が減っているように思います。例えば義務教育で、『合理的配慮・インクルーシブ教育の推進の名のもとに特別支援教育が必要』として普通学級から「分けている」ことがインクルーシブ教育だとは、私には思えません。自分と違う人の存在を知らずに大人になり、社会に出て初めて出会うと、どう接したらいいかわからず遠ざけてしまうこともあるのではないでしょうか。知っている人の中だけで流通するコミュニケーションの暴力性に自覚的であるべきです。拙速に判断せず、しっかり話を聞き、相手目線に立つことを大切にしたいとは思いつつ全然できていないのですが。

-今の生き方に至るきっかけを教えてください。

大学卒業後、会社に就職するイメージを持てず、就職氷河期だったこともあったりで、それでもなんとか手に職をつけなければと、編集デザインなどの仕事を、アルバイト、派遣社員、正社員と雇用形態は様々でしたが、転々としていました。20代前半に、絵描きや物書きやパフォーマーが集うカフェでアルバイトをしました。そこは市民活動をしている人がミーティングをしていたり、自主製作映画のロケをしていたり・・変わった店ではありましたが「多様な人がいる」ことを学びました。

産後、うつになった時に出会った人たちのおかげで、「人が元気になるには遊ぶことが大事」との信念を持つに至りました。だからこそ子どもにも元気に育って欲しいと願い、とにかく一緒にのびのび遊びたおしました。あるとき広報のノウハウを学ぶことを目的にクッキープロジェクト主催の「PR塾」に参加しました。そこで、クッキープロジェクトの活動を呼びかけていた若尾明子さんと出会いました。

当事、障がい者が作ったクッキーは、「かわいそうだから買ってあげる」ものと捉えられ、身内だけで流通していることも多かったんです。生活の質や社会参加の機会を増やすために、という理由もありますが、「食べる人に喜んで欲しい」と思って作っているだろうに、袋にゴサッと入って、悲しい売られ方をしていました。作る側もうれしくないし、買う側も責められているような。「これって違うよね」ということを障害のある人だけでなく、シェフやデザイナーや会社員など、様々な活動をしている人たちと一緒に考えていました。福祉作業所と企業など、普段の暮らしの中では知り合う機会が少ない人同士が、福祉のクッキーを通じて出会い、お互いに関わりあいながら「まぜこぜ」で活動することが楽しくて、クッキープロジェクトを呼びかける側になりました。

-難しいと感じていることはありますか?

活動の軸や、自分がやりたいことが時々わからなくなることです。
たとえば、障がいのある人もない人も、デコレーションしたスリッパで卓球のラリーを楽しむ「デコッパ!卓球選手権」を2011年から開催しています。いろんな人に参加してもらいたいのですが、障がいのある人が置き去りになっていると指摘をいただくことがあります。また埼玉県内22作業所50種類以上の手づくりクッキー・焼き菓子が大集合する「クッキーバザール」で、ボランティアで関わってくださる障がい当事者が充分活躍できる場を準備できず、「全然楽しめなかった」とお叱りをいただく事もあります。
障がいのある人にとってあるべき「まぜこぜ」の姿とは、日々の生活。いっときの「触れ合い」ではないのですよね。活動の軸がブレていると感じた時、納得のいかない時は、メンバーとしっかり話し合う事を大切にしています。指摘してもらう事で、軌道修正をしています。

-なぜその生き方を続けているのですか?

自分が生きやすい世の中にしたくて続けているのかもしれません。新しいことを始めるエネルギーはないです。きっと今は一人じゃないから続けていられるのだと思います。

-ご自身が10代20代の頃、50代の方はどんなイメージでしたか?

年を感じさせない人が多かったです。生き様を見せられているようでした。
無謀な若者を面白がって、やりたいことをやらせてくれていました。

-今、ご自分がその世代になってみて、いかがですか?

何をするにも中途半端ですね。楽しめてるかな?20代の頃私のまわりにいた大人たちのように、若い人がやりたいことをなんでもやってみられる場所を作りたいです。若い人たちがイキイキ活動しているのを見ているのは楽しい。私をそんなふうに育ててくれた人たちのひとつが「劇団どくんご」20年近く関わって、恩返ししていると言うと余計なお世話と叱られそう。ですが私の中では、日々の生活と「劇団どくんご」のファンでいることとで、楽しむバランスをとっているような気がします。

-まんなか世代として気になることや後輩に伝えたいことはありますか?

ある時まで「助けて」と言うことは敗北のように捉えていました。「自立しろ」と言われ続けていたので、孤立と捉え違えていたのだと思います。でも「助けてって自分が言っているばかりだとつらい、助けてって言ってほしい」という人に出会って、人と一緒に生きていくために必要な言葉であると気づき心を動かされました。自分でもまだなかなか言えない言葉ですが、大切にしていきたいと思っています。


編集長の一言
お話を聴かせていただく中で、「心が動くこと」という言葉を何度も話された谷居さん。自分の心を大切に見ているからこそ気づくことなのだと思います。エネルギーをあまり使いたくない・・とおっしゃる反面、「劇団どくんご」のファンとして、地元での公演の制作に携わり続けるバイタリティの持ち主。最近は、暗がりが少ない(どこもオープンで明る過ぎて清潔すぎて息苦しくて・・) ことが問題に思っていて、チャンスがあったら暗い店をやってみたいそうです。ひとつのご縁を次につなげていく生き方が印象的な方でした。