ヒトリおしゃべり考房 Cinéma de carrière【第2話】

「ネバーエンディング・ストーリー」de人生100年時代(下)

→「ネバーエンディング・ストーリー」de人生100年時代(上)

得体のしれないnothing(無)によって消滅しようとしている国ファンタージェンを救う唯一の手立ては女王に新しい名前をつけることだった。前回は、 映画「ネバーエンディング・ストーリー」のそんな物語から、私たちも自分に新しい名前(肩書)をつけて活動してみる(二枚目の名刺を持つ)ことで、いっそう力を発揮してイキイキとした人生を手に入れられるかもしれない、とヒトリでおしゃべりしながら考えました。

さらに、ファンタージェンに危機をもたらしているnothing(無)が引き起こしている現象について、有るものすべてを吸い込んでしまうブラックホールのような「有→無=失」ではなくて、いま有るものが変わらずにそのまま有ることだけを願い、守ろうとする時間が延々と積み重なるだけの「有→有=停」なのではないかと想像して終わりました。

さて、今回はその続きとして、世界を覆うnothing(無)のエネルギー源は私たち一人ひとりの停滞感なのかもしれないと仮置きして、「誰が女王に新しい名前を与えたのか」に焦点を当てて、停滞感に陥らないためのまんなか世代のこれからを考えてみたいと思います。

停滞感につつまれ力を発揮できずに命の危機に陥っていたのかもしれないファンタージェンの幼い女王なのですが、草原の少年勇者アトレイユの活躍で新しい名前を授かり、見事にnothing(無)を振り払いました。で、誰が女王に新しい名前をつけたの?大活躍のアトレイユでも女王自身でも、ファンタージェンの誰かでもない。国民全員が停滞感に陥っていたから、誰にもそんな力はなかった。そこで、その役割を担ったのは、ひょんなことから古本屋でファンタージェンの物語が描かれた本を手にして読みふけっていたパッとしない少年、違う世界に生きるセバスチャンです。彼は物語を読み進めるうちに「なんかヘンだぞ」と感じ始めながらも、そう感じるたびに「そんなことが起こるはずない」(否定)と自分の感覚を打ち消し続けます。まあ、そりゃそうですよね。でも、その感じがより強く頻繁になってくると、「なんでボクなんだ」(可能性吟味)、「無理、できない」(逃避)というように気持ちが動いていきます。関心を寄せながらも、否定→可能性吟味→逃避とセバスチャンを揺さぶっていたのは彼自身のこんな心の癖だったかもしれません。

・ そんなことが起こるはずがない、という植えつけられた思い込み
・でも、それが起こったら面白い!という抑えがたい好奇心と想像力
・だけど、そんな大役を担える人間じゃない、という低い自己効力感
いかがでしょう?同じような心の揺れを私たちまんなか世代も抱えていませんか?
・これからの残りの人生、劇的な変化が起こるわけがない
・でも、何かきっかけがあれば私にだって!
・だけど、いざとなるとやっぱりこんな自分には無理だろうな

傍観者(自分の世界に留まっている状態)だったセバスチャンが「越境」して当事者(他者の世界に自らかかわっていく状態)になっちゃうことで、ファンタージェンの国民や女王自身も気がつけなかった力を導き出してしまう。そして、セバスチャン自身もいつもの世界ではパッとしない存在なのに、ファンタージェンでは頼られる存在に。もしかすると私たちも何か特別な力や魅力がなくても、越境した場、これまで関わったことがない人たちの領域へ行ってみたら、自分にとっては何でもないことが他者にとってはとても魅力を持っている存在であるかもしれません。

人生100年時代は、長い目でみた時間の使い方について考え直す必要がありそうです。家庭や一つの職場での役割の中で過ごす「シングルキャリア」だと、将来を見通した時に息苦しくなりそうな気がしませんか?いま有るものが変わらずにそのまま有ることだけを願い、守ろうとする時間が延々と積み重なるだけの「有→有=停」という人生後半。そんなモヤモヤ感を抱えたまんなか世代の後半の人生は、nothing(無)が忍び寄るファンタージェンに似ているような気がします。「人生をやり直す、リセットボタン押す」という表現を耳にすることがありますが、その表現には「シングルキャリア」という生き方が前提として隠れていそうです。最近は少しずつ「シングルキャリア」に対して「パラレルキャリア」とか「ポートフォリオワーク」といわれる働き方、生き方を実践する人たちが増えてきました。働く目的は収入だけではなく、やりがいや多様な経験や人とのつながりなどが得られること。これから先の人生を豊かにするために単線的に延長するのではなくて、複線的に描き足してみるキャリアデザインです。「やり直す」「リセット」ではなくて、これまでの主な役割(企業勤めや主婦など)を残しつつ、時間のやりくりや役割分担の工夫、自分自身が何かを割り切ることで人生を複線化するのがパラレルキャリアやポートフォリオワーカーだと考えるのがよいかもしれません。そして、その場はハローワークでは見つからないでしょう。おそらく、その場は多くの場合、私たちが暮らすコミュニティの中に広がっています。

「試してみて、うまくいかないようなら戻せばいい」くらいの気持ちで、自分に新しい名前(肩書)をつけて、いつもとは違う場(コミュニティ)へ越境して他者と関わってみる。人生100年時代のこれからをイキイキとした人生としてデザインしなおそうとするとき、私たちまんなか世代には、そのくらい気軽にやってみるプチ・アドベンチャーマインドが必要になってくるはずです。

そうそう、映画「ネバーエンディング・ストーリー」のラストには付録のような楽しいシーンがありますが、実は賛否が大きく割れているそうです。原作者のミヒャエル・エンデさんは大反対らしいのですが、思い切って越境してみると、思いがけない逆越境の付録がついてきて自分の世界もちょっと変わってくるかもしれないよ、と。そんなふうに楽しんで観てもらえればと思います。


201906nakamuraまんなかタイムス〜執筆者プロフィール〜
中村 容(なかむら よう)
学生の就職支援に携わったのをきっかけに、働き方や暮らし方の選択をとおして人が成長していくプロセスに関わるキャリア支援の魅力にはまる。現役世代のキャリアシフトを支援する「まちのキャリアラボ」小さな映画館シネコヤで映画作品から暮らし方や生き方を考えるイベント「おしゃべり考房」など、地域をフィールドにキャリア支援に取り組んでいる。地域活動での肩書きは「まちのキャリアデザインマスター」。本業は大学職員。

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